くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

作曲家たちの恋愛事情

 

 

この人たちはひょっとして女性の敵?

ドビッシー

f:id:kuwa3972:20181208183518j:plain

女癖の悪いことで有名だった

目次

 

 ドビッシーの見境のない女癖の悪さはかなり有名だったようだ。

生涯に2度ほど結婚しているのだが、実は結婚する前にまだドビッシーがほとんど収入のなかった頃、彼を献身的に支えたお針子さんの女性がいたのです。

当時のドビッシーはほとんどヒモのような生活をしていたんですね

しかしドビッシーはある時、別の女性と出会うと、その女性とあっさり結婚をして最初の献身的に支えてくれた彼女をあっさりと捨てるのです。

その時に捨てられた女性がピストル自殺を図ることで広く世間に知れ渡ることに。

実は話はこれだけでは済まない。

この最初の結婚の途中で、また別の裕福な資産家の女性と出会うと、そこでもまた恋中になり、結婚していた妻をあっさりと捨て去るのです。

捨て去られた妻はまた最初のお針子さんの時のようにピストル自殺を図ります。

これは当時もかなり大きなスキャンダルとして非難の対象となりました。

当然でしょうね。2人の女性をあっさりと捨て去って次の女性に手を出して知らん顔してるわけだから、しかも捨てられた女性は自殺まで図っている。

ドビッシーはその時に発表した曲もほとんど正当な評価を受けることもなく世の中から厳しく断罪されることに。

ドビッシーについて調べていくと必ずこのエピソードに突き当たります。

フランス生まれのイケメンで、しかも彼は内向的な性格だったと聞きます。

女性の母性本能をくすぐるところがあるのかな? 

このフランスの偉大な作曲家を擁護するつもりはまるで無いですが、おそらくは内向的なことが災いして説明不足だったりすることが多かったんでしょう。

本来人として必ず備わってなければいけないものが彼にはなかったようです。

ワーグナー

f:id:kuwa3972:20190321081635j:plain

いつも数人の女性と付き合っていたらしい

ワーグナーは若い頃から社交的で、しかもプライドが高くお金に関してずぼらでいい加減なところがありました。しかしながら音楽を始め文筆活動など様々な才能に恵まれ、多くの優れた作品を残した事でも調べますね。

ワーグナーの最初の結婚は21歳の時。かなり早い時期に結婚したんですね。

彼の特徴は浮気でしょうね。いくつかの武勇伝が残されていますが、この浮気癖があるゆえに最初の結婚はやがて冷えたものになっていくのです。

ワーグナーが50歳になった時に、自分の弟子の奥さんであるコジマと出会います。

この女性はあの有名なフランツリストも娘さんで、とても聡明で才能豊かな人だったのですが、最初の結婚は今一つ幸せなものとは言えず、30歳も年上のワーグナーに色々と相談しているうちにとうとう恋仲になってしまうわけですね。

この女性はあの有名なフランツリストの娘さんで、とても聡明で才能豊かな人だったのですが、最初の結婚はいまひとつ幸せなものとは言えず、30歳近くも年上のワーグナーに色々と相談しているうちにとうとう恋仲になってしまうわけですね。

この当時ワーグナーは最初の妻とは冷え切った関係だったので離婚をして、フリーになるのですが、コジマも離婚をして2人は結婚をすることに。

もっとも、ワーグナーはコジマとの結婚の後はあまり浮いた噂を聞きません。

運命の人と出会った感がありますね。

ワーグナーは女性遍歴もかなり有名ですが、その音楽や様々な思想のほうがはるかに社会に与えた影響は大きいでしょう。

昨日書いた私の記事を参考までに見ていただけるとよくわかるかもしれません。

 

www.kuwa-chu.com

 

複数の女性と付き合えるツワモノ達

リスト

f:id:kuwa3972:20181105181627j:plain

生涯を通して浮名を流し続けた

リストもいくつもの女性遍歴で浮き名を流したツワモノと言えるでしょう。

リストの初恋はどうやら17歳の時まで遡るんですね。

同じピアノ教室の生徒である女性と親密な関係になって結婚まで考えるのですが家族の反対で引き裂かれたようです。リストの負った傷はとても深く時々発作を起こして気を失うほどだったと聞きます。

この後リストは様々な女性と出会いますが22歳の時に出会った伯爵夫人との不倫を始め、複数の女性と付き合いを重ねていくことに。

この22歳の時に出会った女性とは結婚しないまま3人の子供を設けています。

そのうちの1人がワーグナーの妻になった コジマ。

実はこの娘のことに関してはリストも頭が痛かったようです。

自分自身も様々な不倫を経験している身でありながら、自分の実の娘がさらに不倫をするとなるといたたまれないものがあったのだろうと推察。

リストは信仰心に熱いところがあって、どこかで人の道に外れることを恐れていたきらいがあるようです。

それでも様々な女性遍歴を見ると、彼がその都度抱いてきた情熱は、理性を吹き飛ばすほどのパワーがあったのでしょう。

彼は60代近くになっても恋人がいたようですね。

驚くほどの体力と言わざるをえません。彼は痩せていて目は落ち窪んでおり、風貌は長髪をなびかせる独特のスタイルでした。

しかしながら1度ピアノに向かえば、軽く1オクターブ半は届く大きな手を駆使してピアノの魔術師としての本領を発揮したようです。

愛妻家だった人たち

バッハ

f:id:kuwa3972:20181028092322j:plain

子だくさんでも知られる

ヨハンセバスチャンバッハは 19歳か20歳の頃に最初の結婚をしていますよね。

バッハがこの頃に描いた有名なオルガン曲「トッカータとフーガ」は知らぬ者がいない位超有名な楽曲です。

バッハは調べてみるとよき家庭人であったことがうかがわれるのです。

バッハの奥さんはとても子だくさんで7人子供を設けています。

しかし、バッハはこの最初の奥さんを36歳で亡くしてます。それはバッハが演奏旅行で留守の時だったようですね。

バッハはこの後1年半ぐらい経ってから別の女性と巡り会って再婚をすることになります。この女性とは16歳年下と記録に残ってますね。

バッハが36歳のときに20歳の女性と再婚することに。

ここでも子供はたくさん生まれて全部で13名。

最初の結婚と合わせると、バッハは20人の子供を設けていますが時代の厳しさもあって子供は幼くして亡くなったようです。

成人したのはおよそ半分ほどもいたでしょうか。

2番目の結婚の時からバッハは音楽監督としてのステイタスな地位での活躍をすることに。

もともとオルガン奏者としては当代随一の称号を得ておりました。

と同時に作曲活動も熱心に行っていて、実はこのバッハの直筆の楽譜の清書をこの2番目の奥さんがやっていたようなんですね。この奥さんがいなければ今日バッハの曲をこれだけ聞ける事はなかったのかもしれません。

調べてみるとバッハが亡き後この奥さんはあまり幸せな余生は送れなかったようですね。年金もわずかでまた楽譜を売ったりするようなことも当時としてはあまりメジャーではなかったのでほとんど貧民としての暮らしだったようです。

世界的に歴史的に有名な作曲家といえどもその家族が幸せだったと言える時期は期間限定だったようです。

シューマン

f:id:kuwa3972:20181216090223j:plain

愛妻クララシューマンとともに

ロベルトシューマンとクララシューマンはおしどり夫妻と言える位仲良しだった印象がありますね。

もともとはロベルトが弟子入りしていたピアノ教師の娘さんだったのがクララなのです。

恋仲になった2人が結婚しようとしたときに両親から大反対をされた挙句の果てに駆け落ち同然で一緒になったと記録に残っています。

シューマンはピアニストでもあり、また作曲家としても非凡な才能を発揮しておりました。また文筆活動も同時に行っていて、当時ロベルトシューマンの名は女流ピアニストクララシューマンの人気も相まって、知らぬ者がいないくらい有名だったのだそう。

しかし、この2人には決定的な不幸が待っていたようなのです。

それはロベルトシューマンの精神障害でした。

推察すると今で言うところの統合失調症か何かでしょうか。

自殺未遂の後2年ほど闘病してロベルトシューマンは死んでしまうのですね。

この時クララシューマンは数人の子供たちを抱えて一家を養うためにピアノの演奏家として舞台に立たなければいけないのにもかかわらず、右手がストレスによって使えない状態になったと聞きます。

ピアニストにとって両手が使えないのはほとんど致命傷とも言える大きな障害ですよね。

この辺も実は記録が残っていて、この当時シューマン家に出入りしていた若きブラームスが、クララシューマンのために左手だけで弾けるピアノ曲を編曲して献上したと聞きます。

その曲が有名なバッハの無伴奏のバイオリンソナタ別名「シャコンヌ」ですね。

ブラームスは、生涯独身を貫きましたが、おそらくはクララシューマンに恋していたものと、今でもこの辺のことを調べると必ずと言っていいほどエピソードとして出てきます。

まとめ

 

f:id:kuwa3972:20190322162826j:plain

様々な作曲家の恋愛事情として調べてはみましたが、とても1ページで語りきれるものでは無いようです。

しかしながら、主なクラシックの作曲家たちはほとんど男性であるので、その女性関係において様々な出会いと別れを繰り返しながら作曲のエネルギーにしていた事はほぼ間違いないと。

今でも様々な芸術の分野において活躍している人たちは、男女を問わず、恋愛経験がおありだろうと推察するのです。

それは、外から非難を受けるようなお粗末なものであっても、また逆に賞賛されるような素敵なものであっても、創作意欲を駆り立て、優れた作品を生み出せるものと思いますね。