くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

横綱双羽黒 金スマで語られた知られざる人生

 

昨日の夜の金スマで特集番組

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闘病中の北尾氏

ConoHa WING(コノハウィング)

 

目次

 

奥様が公開しなければ、私たちがこの写真を見る事はなかったはず。

あの北尾光司がこのような最後を迎えていたとは、一体誰が想像しただろうか。

また、相撲界であれだけ活躍を期待されながら、才能が花開く事はなく、わずか24歳で引退をしてしまったその人生のその後の事は、わずかながらに伝わっている伝聞しかない。

番組を食い入るように見ていて、北尾氏と奥様の切ないやりとりがあった。

寝たきりのベットから、瞬きもせず目を見開いて、奥様に向かって「愛してる」と告げるかつての横綱。

自分自身の思うようにならない体をおそらくは、受け入れようにも受け入れられないもどかしさの中で病魔と戦ったに違いない。

どのような病気でも命に関わるような重篤なものならば闘病は壮絶なものがある。

昨日のわずかに流れた動画の中でも、その悲壮感がひしひしと伝わってきたのである。

おそらくたくさんの人が見ていたはず。どのように感じどのように思っただろうか? 

個人的な感想を言わせていただければ、何がまずくてこのような人生に追い込まれてしまったのかと暗たんたる思いがした。

横綱廃業後は相応の苦労をしていたのうっすらと知っている。

テレビでも時々は出演していて、いろいろなことをチャレンジしている様子なども公開されていた。

しかしその裏側では家族、とりわけ奥様と二人三脚で必死に頑張ってきたことが昨日の番組でよくわかったのである。

特に2013年以降、糖尿病が重度の状態で両足切断を勧められるほどひどかったと語られていた。

北尾氏は病気になったとは言っても、身長は2メーター、体重は140キロ。

とてもじゃないが一般的な女性が介護できるようなレベルではないだろう。

それが証拠に、奥様も椎間板ヘルニアでかなりの苦労を強いられたようだ。

ベッドに寝たきりの状態なので、食事や入浴、排泄に至るまで全て人助けが必要なのだ。

家族といえども想像を絶するご苦労である。

そして、番組の中で語られていたがやはり先立つものはお金だったようだ。

一人娘が芸能学校に通うとした時もお金がない上に断念させたと番組の中にあった。

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一人娘 雪城ハルネさん 今度テレビのドラマにも出演もされるそう

北尾光司氏を 支えていたのは主に奥様で、娘さんもかいがいしく手伝っていたようだ。

北尾氏は、ぱっと見た目は報われない不幸な人生のようにも思われたが、番組を見ていて家族にこれだけ愛されたことを考えると、夫や父親としては十分に報われていた気がする。

昨今は中高年が誰にも看取られることなく孤独死する時代である。

そのご時世を考えると、彼は間違いなく報われた人生を送った気がする。

横綱双羽黒として

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不知火型横綱土俵入り

立浪部屋の大関時代、優勝経験がないにもかかわらず横綱に推挙され、横綱双羽黒を襲名した 。

成績は知っての通り全く振るわなかったのである。

彼の持ち味は懐の広さを最大限生かした相手をより切ってしまう取り口。

横綱は、基本2場所連続優勝が昇進の条件とされ、横綱審議委員会なるものが推挙しなければ簡単に到達できるものではない。

この時、大相撲の世界では横綱千代の富士が1人横綱でひたすら頑張っているのを見るにつけ、その対抗馬にどうしてももう1人横綱が必要だろうとみんなの願いで推挙されたのである。

当然、昇進に至る基準は大幅に緩められ、そのせいで横綱になれたと言っていい。

思うのだが、成績が振るわないのは、ある意味時の運。

双羽黒を横綱に推挙した周りの責任も大いに問われるべきだ。

その後、推挙の基準は厳格に固められ今に至っているのである。

引退後(1987年)、様々な苦労をされて、もう一度立浪部屋に就職口が設けられたのだが、短期間で止めざるをえなかったようだ。

それは病気の発症が生大きな理由とされている。

彼の亡くなったときの死因は腎不全とされているが、ベースになった病気は糖尿病である。

奥様はかつて医者だったのだが、ご主人の健康管理とは言ってはみても、北尾氏の事、食事は自分の好きなものをたっぷり食べていたのに違いない。

病気の発症のときの様子なども見ていて、おそらく健康診断など受けた事はなかったのではないか。

彼の発症した年齢は50歳前と思われるので、その頃から糖尿病になる人は遺伝的にその傾向が極めて強いので、あらかじめ知って、予防のための健康法などを実践しておく必要があった。

そして、予防法としては  1番は食事と運動。

ここをうまくコントロールできれば糖尿病は一生を通して付き合うことにはなるが、命を奪うまでには至らないようだ。

糖尿病自体はサイレントキラーなので、自覚症状は通常全くない。

高血糖の状態が長く続くことによって、体に起こる合併症がその主な症状となるだろう。

体を使った仕事をしているうちは良かったのだが、もともと運動を継続するような性格ではなかったのだろう。

体型が如実にそのことを物語っている。

彼はどちらかと言えば中あんこ型の力士。

食欲旺盛で手足はすらりと長くても、体はどちらかと言えば脂肪がつきやすく、常に稽古をしておかないと筋肉量が減って脂肪のみが増えてしまうのである。

その負のスパイラルが彼の身の上に起こったと考えられる。

相撲界引退後は

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総合格闘家としての道乗り ルー・テーズからレクチャーを受ける

彼はスポーツ探検家としてテレビにデビューしたこともあったが、即金性のある仕事と言えば、彼の場合格闘技しかなかっただろう。

その中でも様々なことに挑戦しているが、プロレスの基本はこの写真で分かる通り晩年のルー・テーズからレクチャーを受けているようだ。

格闘家(プロレスラー)としての戦いっぷりは本格的なものである。

私がよく知っているのは同じ相撲界からプロレスに映った天龍との一戦。

この時には天龍の鎖骨を粉砕して勝利をもぎ取っている 

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必殺のかかと落としが決まった瞬間 左鎖骨が粉砕される

ここの戦いっぷりの様子はYouTubeで検索できる。

しっかり見させてもらったが、勝負が決まったのは最後の方である。

見ていて感心したのはそれぞれが自分自身の戦い方のパターンをよくわきまえていて 、お客さんにきちんとアピールしていること。

お馴染みのプロレスの大技も多数繰り出していた。

見ていたお客さんも納得できたのではないか。

いい試合だったと思う。鎖骨をへし折られた天龍は災難だったが。 

糖尿病のこととまとめ

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献身的に看護された奥様淑恵さん

奥様が亡くなられた時にコメントを残している

 

北尾光司は、6年間の闘病生活ののち、2月10日慢性腎不全のため、千葉県内の病院で他界いたしました。葬儀は生前からの本人の希望で娘と私だけの家族葬としました。

何かと世間をお騒がせしましたが、主人は曲がったことが大嫌いな、とてもピュアな人でした。

この場をお借りしまして、主人を応援してくださった皆様に厚く御礼申し上げます。
引用:朝日新聞デジタル

奥様からどれだけ愛され信頼されていたのだろうか。

男子としてこれだけ女性から尽くしていただければ他にはもう何もいらないだろう。

世の中に対して何事かを成すのかではなく、きちんと家族を設け、どれだけ信頼してもらえるか、その大切さを如実に表していると言える。

番組を見ていて、思わず涙ぐみそうになったのは私だけではないだろう。

相撲ファンを自認する私にとって 、北尾の名前を知らないわけがない。

あのハワイ出身の大関小錦が、膝に爆弾を抱えて横綱まで行けなかった最大の理由がこの北尾との戦いによるものだと、よく知っているからだ。

あれだけの巨漢にまともに渡り合える力士など北尾しかいなかった。

できることならば、相撲界に残ってどんなに成績が振るわなくても力士として全うして欲しかった気がしないわけでもない。

しかし彼には彼の人生。

北尾光司としての人生をしっかりと歩んだと心から称賛したい。

そしてご冥福を祈らずにはいられない。