くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

二十歳の頃 今は はるかに遠く

 

今週のお題「二十歳」

すでに半世紀近くが経過した今、かつての事はほとんど記憶の片隅に追いやられたと言える。

私が二十歳だった昭和48年

私たちの世代は、戦後の世代と言われて久しかったが。

ちょうど、高度成長期が終わった頃と記憶。

オイルショックがあって、トイレットペーパー不足が深刻だったかも。

実際に私が困る事はなかったが。

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当時利用していた新京成電鉄の定期

私の場合は、通学定期だったが。

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ずいぶん遠くなった昭和48年

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歩行者天国は人が多かったかも

あの当時、私は千葉県に住んでいた。

千葉県の船橋市の津田沼に最寄りの学校があって、そこから新京成電鉄で5つ位過ぎたところに住んでいるアパートがあった。

正直、不真面目だった私はそれほど学校に通うわけでもなく、ぐずぐずダラダラ過ごしていた気がする。

この当時は、スーパーマーケットなどそれほど周りにはたくさんあったわけではなく、たいていは小売店が商店街を作っていた気がする 。

大きな街にあるのはもっぱらデパート

この当時確か総理大臣は田中角栄さんだったと記憶。

ロッキード事件で起訴されるまでは総理大臣を続けていたと思う。

ちなみに、学校もテキトーにしていて、よく総武線を使って東京都内の主な映画館巡りをしていた記憶が。

あまり知識がなかったので、総武線から山手線に乗り換えて、有楽町とか日比谷公園とかそういったところを歩いた記憶が。

また、新宿などもよく行っていた記憶がある。

西口は主にデパート街だったので、それほど用があるわけではなかったが、東口を降りて歌舞伎町界隈に行くと喫茶店を始め映画館など、暇つぶしには格好の街だったと記憶。

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出歩いていたのはやっぱり新宿

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こんなバス停よく見かけていたはずだよな

ほんの2〜3ヶ月位だけど 、新宿のとある学用品販売の会社でアルバイトをしたことが。

訪問販売なんて不慣れなことをしていたので、生活が成り立つはずもなく、すぐに辞めてしまったが。

その会社のあったのが西口から新大久保へ向かったあたり。

この時、すでに通っていた学校には見切りをつけて、小田急線の沿線にアパートを借り直していた。

小田急線は通勤でもよく使った路線なので、今でも思い出すことがたまにある。

今でもあるだろうか特急ロマンスカー

私は、残念ながら利用した事はないが。

もっぱら利用していたのは準急とか、快速とか。

さすがに各駅停車だと新宿までかなりの時間を要するので、とにかく朝の通勤ラッシュはかなりのものがあったと記憶。

この時、新宿の映画館街をはしごして回ることもあったのだ。

封切りの映画ももちろんたまにはみたが、3本だて、5本立て位で深夜映画などよく見ていたと思う。

夜中の1時ぐらいまでは、座席に座って起きているが、それ以降5時ぐらいまでに何を上映していたかは記憶にない。

要するに途中で寝ちゃうので。

観客もそれほど多くはなくせいぜい20人程度もいただろうか。

本来禁止だが、タバコなど吸い放題だったと思う。

始発の小田急線で、私の住んでいた百合ケ丘方面まで帰ったことが何度か。

懐かしいと言うべきか何も考えていなかった頃

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通学に使っていた駅 こんなに立派じゃなかったな

さしたる目的もなく学校に通い始めた私は、やはりご多分にもれず挫折をする。

学校なんかどうでもよくなって、アルバイトに精を出すことに。

いろいろやったが、運送会社の配送とか、八百屋とかも経験している。

極めつけはドブさらいだったと思う。

私がアルバイトニュースで仕事を選ぶ基準は、なるべく短時間で通えるかどうかと、後は賃金。

なるべく見入りの多いほうがいいわけで。 

そこで見つけたのが向ヶ丘遊園からちょっと行った先にあった道路メンテナンスの会社。

ここは主に下水掃除専門の業者で、平たく言えばドブさらいである。

思ったよりはずっと良いお金になったのだ。

ただし、相当汚いことだけは覚悟しなければならなかった。

21歳から25歳までお世話になったと思う。

「骨盤ウォーカーベルト」

年老いた今だから言える二十歳の私へのメッセージ

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ここまで年取ってはいないが、いずれこうなるのかな

66年以上生きてきてわかったことがある。

若かった私へのメッセージ。

  • 人は何をどうあがいても必ず年老いていく
  • 月並みだが何かを後回しにすれば必ず自分に振り返ってくる
  • 我慢するくらいなら、最初からしないほうがいい場合だって多いよ
  • 迷ったときには結論を急がない手だってある
  • 人生の成功不成功はその時の気分でどのようにも変わるもの
  • やがて、今ある体力も半分になり3分の1になる時代がやってくるよ
  • 後になっても後悔する事は次々と起こってくる。しかし、一喜一憂する事は無い。
  • 肩の力を抜いて、毎日継続できる何か良いことを見つけたほうがいいね。

昔のことを振り返ってみて、今思いつくことを並べてみた。

二十歳の私は、自分が年取ってどのような人生を過ごすかはわからないわけだ。

何が起こるかなんて、それは知る必要は無い。

とりあえず死なずに生きていけることだけは間違いなさそうなので、どのように過ごすかだろう。

様々な困難に遭遇したときにどのように対応できるかがその人の値打ちとなるわけで。

今はっきりと分かるのは、結果を求めるあまり焦ってすぐに手を出すことだけはやめたほうがいいなと。

もちろん臨機応変にすぐにしなければならないこともあるかもしれないが、チャンスかどうかなんて普段からしっかりと勉強している者でなければ、にわか仕込みで太刀打ちできるものではない。

自暴自棄にならずに、穏やかで堅実な人生になることを老婆心から希望する。

【かんたん ぬか美人】