くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

大切な人いますか?

 

今週のお題「大切な人へ」

このお題でブログを書くのはぱっと見簡単そうに思うけれど、私にとってはすこぶる難しく感じる。

家族も何もなく一人暮らしをしている老人となれば、一体どう思いをまとめればいいのか。

しかし、ここは自分なりに心の中を発展させたいと。

私の中では、今生きている世の中の人は大切な人ではあるけれど、私と特別な関係にある人ではない。

1人で生きると言うのはそういうことかなと。

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目次

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身近に大切な人はいなくなった

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日本もいよいよ離婚率は50%

私にはかつて結婚していた人がいたけれど訳ありで今は1人。

夫婦でいたときのことを懐かしいと思うこともあるけれど、基本めんどくさいことも多かったと。

子供がいなかったので、どちらかと言えばそれぞれ自分のペースである程度好き勝手にやっていたと思う。

共通の趣味がワンコだったので、家には2頭。

1匹はゴールデンレトリバー、もう1匹がマルチーズ

大きさが真逆の2匹だったが、彼らはそれぞれたいした干渉することもなく飼い主同様好き勝手だった気がする。

さて、すでに独り身となった今、大切な人へと言われても、思い浮かぶ事は何もない。

しかしながら、どんな場合でも人は1人では生きていけないのも歴然とした事実。

そう考えて日々暮らしていると、私自身も何らかの形で社会に関わることを心がけてはいるのだ。

最初に出てくるのは、可能な限り人に迷惑をかけないこと。

どうしても、誰かのお世話にならざるを得ない時がやってくるような気が。

ボランティア活動を通じて、いろいろな人のお世話をさせていただくが、自分の身に置き換えてみると結構切ないものがあったりして。

年齢を経るとそういうものかなと

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思い出せば確かに懐かしいが

自分自身の世界はどうしても他の人が入ってきにくい事情がある。

若者と年寄りでは立ち位置がまるで違うのだ。

普通の年寄りは大抵子供がいて、人によっては孫もいたりする。

そういった人の話も散々聞くので事情もよくわかる。

私が感じるのは、私とは全然違うなと。

私は子供や孫の心配は一切ない。

あえて人間関係でコメントするならば、わずかばかりの空虚感があるかもしれない。

決して虚しいとまでは言わないが、こんなものかと思う事は多々ある。 

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近くて遠い距離感

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故郷の夕日

心の中がある程度孤独であることに慣れると、どんなに人と関わりを持ってみても、知り合えることにはおのずと限りがある。

人は基本的には孤独なものだと思うが、家族や知り合いいる友達等は特別な関係と言えるだろう。

普通こういった関係の時に深いとか浅いとかを感じる事はあまりないはず。

どんな人にもどんな関係でも出会いがあれば別れがあるので、そのきっかけのときには距離を感じるはず。

お年寄りのボランティアをさせていただいて感じるのは、施設に入っている利用者さん達の家族。

ご家族と面談することはほぼないが、職員さんや利用者ご本人から聞く話だと家族から疎まれているご老人も中にはいると言うこと。

お年寄りのためにと心から思っている家族がどのくらいなのかと失礼ながら考えちゃう。

施設に入れたことで、自分の負担が楽になったとそのことだけを強く感じる向きもいるようだ。

そうして施設の中で過ごすお年寄りたちが大切に思う人ってどんな人なのかと考えることも。

 

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 私の中でこれからの人生ずっと考え続けるテーマかもね。

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人生の黄昏に思うこと

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私の気分はこんな感じだなぁ

穏やかで静かな暮らしが最も素敵なことだと最近よく思うように。

何もないことが1番良いことだと、かつてお年寄りに言われたことがあるが、今はそのことを実感として受け止めている。

残念ながら、何もなしで行くわけにもならず。

良いことも当然あるのだが、悪い事はなぜこうも目立っちゃうのだろうか。

昔から学んできている運命学の先生の講義の中にこうあった。 

良いこと、良い性質と言うのはほっといても良い。

必ずその人を助ける働きがあるから。

しかし、悪い要素があればそれは可能な限り、なくすように努力しなければならない。

もし、悪い運命がどんなささやかなものでも1つあったならば、他にある大量の良いものを全て台無しにしてしまう可能性があるからだ

私の座右の銘とも言える言葉。

運命学は、基本は分析することと予知することに分かれる。

ただし、1つだけあらかじめ決め事がある。

それは科学の領域ではないので、科学的な説明を求めれば求めるほどいい加減なシステムに成り下がってしまうこと。

そして、運命学は基本的には1人称で語られるべき事柄。

例えば、地域にとってとか国にとってとか人間にとってなどと言う言い回しは運命学には向かない。

必ず自分自身にとってか、あなた自身にとってか

せいぜいこのぐらいの範囲で考えること。

さて、私に残された時間でどれだけのことが成し遂げられるかと言えばそれは限りなく期待を抱くことにはならない。

どれだけ迷惑をかけずにこの先長く生きながらえられるか

最近思うのだが、私の年寄りとしての人生はどうやら始まったばかりかも。

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