つい何日か前にリュックベッソン監督のジャンヌダルクを見させてもらった。
昔から何度も映画や小説その他に取り上げられるので、名前を知らない人はいないだろう。
ずいぶん昔にも何度かジャンヌダルクを題名にした映画は見たことが。
この少女とも言うべき女性がどんな人だったのか、ちょっと調べてみることに。
このジャンヌダルクは歴史的に実在の人物。
架空の存在ではない。
15世紀の初めにフランスに現れた、例えればフランスを救った人。
彼女は最後は火あぶりの刑で処刑されてしまうのだが、その後何百年も経ってから、その功績は正しく評価されて、
今ではカソリックの聖人としてフランスの守護天使の1人とされる。
とにかく圧倒的に古い時代の話なので、調べて分かったこともたくさん。
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目次


ポイントとなるのは神から啓示を受けること
彼女の生まれは西暦で1412年、まさに中世真っ只中の時に生まれている。
このときのフランス国家はほとんど国の形をなさなかったようだ。
海峡を挟んだイギリスからの侵略を受けていてドーバー海峡沿いのフランス領はイギリスに占領されていた。
しかも、その時、フランス国王に即位するものがいなかったらしく、イギリス国王がフランス国王を兼任すると言う有様。
もちろんフランス国王になれそうな人はいたのだが、いかんせん国に力がなければイギリスの軍隊に駆逐されてしまうのが関の山だったようだ。
ジャンヌダルクは16歳のときに神から受けた啓示をもとに オルレアンを解放する戦いに身を投じようとする。
そして、国王として仰ぐべきはシャルル7世だと。
そしてまだ国王には慣れていないシャルル王太子の元へ導かれるがままに馳せ参じることに。
映画の中ではジャンヌダルクをミラジョヴォヴィッチ
シャルル王太子をジョンマルコビッチ。
21年前の映画、皆若い。
映画の中でも神様から啓示を受ける部分が巧みに描かれていた。
神様とおぼしき俳優を目の前にして会話をする形で描かれていた。
それほど高度なCGを使っているわけではないので、丁寧に見ていないとその存在が神様だとは気がつかないかもしれない。
男勝りの印象を受けたが、神様に後押しされていると確信するジャンヌは多分こんな感じだったのかなとそう思わせるようなミラジョヴォヴィッチの演技。
シャルル7世と歴史のおさらい


ちなみにこの王様は、ジャンヌの後ろ盾があって初めてフランス国王として即位することができた。
もともとフランス国王は彼の前の時代はイギリス王ヘンリー5世がフランスのシャルル6世の娘を妃にしていたことがあって 、後にはその子供がフランス国王に即位する筋書きもあったようだ。
シャルル7世はこのシャルル6世のおじさんにあたる。
ジャンヌダルクは神様から受けた啓示をもとにシャルル7世をフランスの正当な王として即位させることに寄与。
この即位式は当時の慣例にならってフランス国内のパリの北東部に位置するランスのノートルダム大寺院で行わなければならなかったようだ。
画像として残っているのはその戴冠式の時の様子を描いた肖像。
この15世紀初頭のヨーロッパは様々な国が群雄割拠の時代。
中心となる考え方は帝国主義、覇権主義。
すきあらば、よその国の領土をかすめとり、また人民を支配下に置くことだったようだ。
フランスも国家が崩壊寸前の時にイギリスにそこをつけ狙われた。
お互いその時は同じキリスト教徒なので、ある程度和解しあえることもできたのだ。
キリスト教はまだこの当時カソリック1本が主力だったと言える。
イギリスは歴史的にはこの後、清教徒革命が起こってカソリックではなくなる。
その前の時代の話だが国が安定しないと当然戦乱の世の中になって、歴史上では100年戦争と呼ばれる時代だった。
フランス国内にも大きな派閥が2つあって、ジャンヌが支持するシャルル7世派とイギリス王朝に傾いている派に分かれていたようだ。
ジャンヌダルクの献身的な活躍によってフランスはこの後シャルル7世のもとにまとまることになる。
歴史的な話をすればシャルル7世はフランスの王家ではその前半にあたるバロア王朝にあたる。
バロア王朝は6およそ200年続いたが、その後ブルボン王朝にとって変わられた。
このブルボン王朝の著名な王様がルイ14世とかルイ16世とか、奥方のマリーアントワネットも有名。
この後にフランスはフランス革命が起こってまた歴史的に乱れた時代を過ごすことに。
中世14世紀の後半から18世紀にかけてまで、フランスはこのような歴史的背景を持つ。
オルレアンの女神
イギリス軍によって牛耳られていたオルレアンをジャンヌダルクの優れた戦略によって奪還することに。
この時神様の啓示によって動かされていたとされるジャンヌはオルレアンの女神と言ってもてはやされた。
そしてこのときの勢いを駆ってシャルル7世をランスで即位させるのだ。
ジャンヌダルク絶頂の頃の物語。
この後もジャンヌは群の指導者として力を振っている。
フランス国内は全くまとまっておらずあちこちで罪のない人民が虐げられていたのだ。
その解放のために全力で働いたと言える。
まだ10代の少女。
映画の中でも描かれていたが弓矢で射抜かれてもひるむことなく戦おうとした。
その激しい気持ちは周りにいた大勢の兵士たちを鼓舞していた。
19歳で火刑に処せられる


ジャンヌが19歳の時に戦闘の最中にイギリスにとらわれの身となってしまう。
イギリスはジャンヌダルクの働きによってフランス撤退を余儀なくされていたのだ。
そのジャンヌを捕虜として捕まえたのはまさにしてやったり。
当然のことながらまともな扱いなど受けるはずもなく、様々な宗教裁判でジャンヌダルクを異端者とするように仕向ける。
普通はこういったときには味方となるべきものが身代金を払って釈放させるのだが、フランスシャルル7世はそれをしなかった。
それは歴史的にもずいぶんと非難されているようだ。
この辺のいきさつも映画の中では詳しく描かれていた。
罪を認めるとか認めないとか、男物の服を着るとか着ないとか、そういった諸々全て並べて、ジャンヌを追い詰めていったのだ。
結局はとらわれてからおよそ1ヵ月後火あぶりで処刑されることに。
息絶えた後も、遺体を骨になるまで焼き付くしたそうな。
それはほかならぬ、ジャンヌの人気を考えると、その遺体を担ぎ出してまた反乱を起こそうとする動きも考えられたから。
ジャンヌダルクの骨になった遺体の1部が残っていると言う話もあったのだ。
調べてみたところ、歴史的に見ても信憑性は低かったようだ。
キリスト教の社会ではよくこういった人気のある人や聖物と呼ばれるものを後世に残す風習がある。
あのイエス・キリストが亡くなったときにそのキリストを包み込んだ布は聖骸布と言ってキリスト教の中でも1番の聖物とされる。
ただ、ずいぶん前になるが、歴史的な鑑定を行ったところ偽物との判定が出ていたような気が。
結論から言って、無実のそれも19歳の女性をあらぬ理由をつけて処刑したのだ。
この時代はこういったこともずいぶん行われたのかもしれない。
フランスの守護天使
ジャンヌダルクは、火あぶりの刑で処刑された後数百年経った後にその罪は無実の罪であることが裁判で証明され、20世紀の前半には聖人として登録されることに。
彼女はフランスのために我が身を犠牲にして働いたのだ。
成人としての彼女は殉教者と見なされている。
つまり、様々な裁判理由は否定されたことに。
今はカソリックの世界ではフランスの守護天使としてお祀りされているのだ。
ちなみにナポレオンを始めフランスの主な著名人たちは皆このジャンヌダルクを称賛する。
国を愛する心の表し方としてはこれ以上のものはないのかもしれない。
映画の中では、死後の事までは描かれてはいなかった。
どちらかと言えば神の啓示もジャンヌの被害妄想的な思い込み的な描かれ方をしていたかもしれない。
宗教的な題材を取り上げつつも、映画はどちらかと言えば戦闘シーンとか、人間の葛藤を表すような描かれ方で終始していたもので。
しかしヨーロッパの人たちが、この歴史的な題材を本当に心から愛しているんだなと改めて感じるに充分。