さて、麒麟がくるは先週からコロナ騒動のせいでおやすみ。
先週に引き続き今週もかつての著名な大河ドラマの振り返り
今日は1973年の作品国盗り物語。
実はこの作品は私が20歳のとき。
ちょうどその頃は関東地方にいたので、学校にも行かずにアルバイトに明け暮れていた日々。
当時は正直なところ、ほぼテレビを見る事はなかったと記憶。
したがってこの大河ドラマも多分1回も見ていないはず。
最近になってネットを見るようになったのでYouTube画像で確認をしたり、後はテレビの放送などで時々当時の様子が流れてくるのを眺めるばかりだが。
今日の振り返りを見てみると、今の麒麟がくると物語はほぼ同じテーマで描かれているような気が。
つまり、織田信長を中心としたその前後の人間関係を描いていた。
振り返ってみても、やはり気合の入ったすごいドラマだなと。
目次
ドラマの前半のエピソードは斎藤道三が中心
あの斎藤道三が自分のみ1代で油売りから身を起こして 戦国大名までのし上がっていくと言う。
最新の研究ではそのような捉え方はされていない。
斎藤道三は父親から家柄を受け継いだとされているから。
しかし今から半世紀ほど前のこの時代では、やはり1介の民間人から、のし上がった人物として認識されていたようだ。
そして興味深かったのは自分の息子斎藤義龍が時の守護土岐頼芸の子供として設定されていたこと。
麒麟がくるではそのような認識にはなっていなかったよね。
ここで親子関係が実はなかったとの設定で、親子の確執が生まれ、殺し合いをすることになったと設定していた。
ドラマの描かれ方が、斎藤道三がかなりの女たらしとして表現され、その持ち味も発揮して大名の地位まで上り詰めたように描かれていた。
そして、この当時からドラマの撮影に持ち込まれたのかハンディカムカメラ。
それまでテレビドラマの撮影はあのよくスタジオで見かけるような巨大なカメラしかなかったので、アップの映像等は簡単には撮影しにくかったと聞く。
国盗り物語でその辺の技術的なことが大幅に進歩したのだと。
自分の息子と対峙して結局は討ち果たされる斎藤道三。
しかしながら画像を見る限りみんな若かったことがなんとも時代を感じさせる。
ドラマの後半で織田信長が登場
織田信長を演じていた高橋秀樹がまだ29歳だったのは随分と若いと感じたが、しかし画面から伝わる迫力、威厳などはとてもそんな年齢を感じさせない。
ちなみに明智光秀を演じた近藤正臣が32歳とあった。
近藤正臣の方が年上だと今初めて知ったぐらい。
この2人のセリフのやりとりなどが番組の中で詳しく紹介されていたが、高橋英樹曰く、
それほど真面目にセリフを覚えていかなかったんだけど、いざ撮影が始まるとすらすらとセリフが出てくるんだよね。
きっと信長公が乗り移ったのではないかと勝手にそう思い込むようにしていた。
そして近藤正臣氏曰く、
主役の高橋信長はとにかく迫力があって立派で貫禄もあったのでとても勝てないよなぁと思いつつ演技していたと。
そして、明智光秀は行って見ればサラリーマンのような存在だったと認識していたらしい。
自分のお殿様信長を支持していればきっと戦のない平和な世の中が作られるに違いないと。
しかしフタを開けてみたら違ったんだよなと。
当時の俳優たちの意見は今振り返ってみての事だけど、とても興味深い。
時代交渉はあの当時の歴史観が反映されていたような
原作が司馬遼太郎で時代劇ドラマでは老舗中の老舗と言える。
この作品の中での1番の見所はやっぱり本能寺の変のあたりになるだろうか。
明智光秀と織田信長は主君と家臣の間柄になってからはそれぞれの持ち味もあって蜜月時代が続いたのだが。
しかし最新の研究では、光秀が徐々にストレスを溜め始めていたことには間違いないようだ。
信長はとにもかくにも革命家。
彼の持ち味の最大のポイントは破壊と言えるだろう。
もちろん破壊の後には創造もしているのだが。
しかし最初に今までの価値観を根絶やしにするように完膚なきまでに叩きのめした。
そういったやり方は光秀のみならず様々な人たちに苦しみを与えた事は間違いないようだ。
対する信長は時に光秀をぼろくそにけなしながらも、
光秀のことを一番信用していたフシがある。
本能寺の変の直前、信長の周りには主な武将は何もなく、護衛の兵隊たちもほとんどいないような状態。
周りにいたのは光秀の軍勢およそ1万5千のみ。
この光秀が自分に牙を向くなどおよそ眼中になかった。
実はその証言をしていたのが高橋秀樹。
本能寺の変の時、高橋英樹をアップで10秒ほど長く撮影していたが、光秀を信用していたが実は謀反を起こされて、よく考えてみたらそんなこともあり得るかもとあきらめに似た境地で自分を振り返ったシーン。
このシーンの撮影の時は自分自身の心の中をこのように反芻して、撮影はとても楽しかったと証言。
役者の役作りとはこうしたものなのかと改めて感心する。
演じていた俳優たちの感想
どうやら俳優たちは皆楽しく俺にしていたと証言。
作品作りを自分の想いの丈を込めて臨むことができる喜び。
それは女優たちも同様だったようだ。
その当時の世界観を反映して自分の立場を生きなければならなかった登場人物たち。
さらにその上で、今撮影が止まっている麒麟がくるにもエールを送っていたよね。
今が辛抱のしどころ。
モチベーションを途切れさせることなく再開される撮影に臨んで良い作品を作って欲しい。
半世紀以上も前に同じテーマで描かれた国盗り物語。
大河ドラマはこのようにその時の歴史的な情報をもとに何回も作品作りが行われると改めて知った次第。