今までとは全く違った意味で放送された朝ドラエール
いよいよ物語は今日最終回を迎える。
もちろん明日も15分放送されるが、それはストーリーとは全く別だての紅白歌合戦のようなもの。
音楽がテーマで、しかも日本が誇る大作曲家古関裕而さんの物語をそのまま踏襲。
ストーリーは新しく作られてはいるが、中で使われた楽曲は全て古関先生の作品を始め、すでに広く知れ渡っているものばかり。
今日は古山祐一と音の物語がついに完結する。
目次
小山田耕三の遺言
物語は昨日の続きだけれど、エピソードとしてはドラマが描かれている時から13年前。
東京オリンピックが終わって少し経った頃。
あの小山田先生の秘書の猿橋さんが訪ねてきて、小山田先生の最後の手紙を秘書さんの判断で持ってきたとのこと。
そこに書かれていた内容は、謝罪と賞賛とあちらの世界で語り会おうとの呼びかけ。
最初に祐一君の才能に気づいていたのは小山田先生だったのだ。
そしてその類まれない音楽性を高く評価すると同時に言いようのない恐怖を味わったようだ。
この若者はやがて私の立ち位置を脅かすような大作曲家になるだろうと。
そうならないためにクラシックではない歌謡曲の世界に追いやってしまえと。
しかし、秘書さんの話では小山田先生は祐一君の音楽を愛し、何かにつけて聞いていて感動しそして高く評価していたらしい。
他の作曲家とは絶対に違うんだよなぁ!
やっぱりクラシックの素養がしっかりしてるんだよなぁ。
東京オリンピックの入場行進曲を聞いたときに、古山祐一はクラシック音楽で培った才能を遺憾なく発揮して、世界中の人々に感動を届けた。
それを聞けただけでもこの上もなく幸せだったこと、そして自分が音楽を愛するあまりとってしまった愚かな行動をどうか許してほしいとの内容。
本当はこの手紙の文章のところは祐一君が読み上げるのではなく、本来ならば存命だったはずの志村けんが読み上げたはず。
ドラマを見ていた人みんなが思ったに違いない。
しかし、祐一君も決して恨んだりなどしてはいなかった。
作曲法を学んだことを感謝して、あちらに行ったときには一晩中語り明かすと。
最後に語られたエピソードがとても心温まるものになっていたのでは。
若い世代への提言
昨日の最後に登場した若者は作曲家志望とのこと。
小山田耕三の正当な後継者は古山祐一だと信じて疑わないと語っていた。
そしてぜひもう一度音楽の世界に戻って作曲し続けてほしいと懇願。
祐一君曰く、
僕は音楽のジャンルをクラシックとか流行家で分ける事はしていない。
今でも日常の中で音楽は山ほど降ってくる。
作曲で楽器を使う事はせずに直接楽譜に書き記す形でいつも仕事をしていたが、最近は楽譜に書き起こすこと自体がまどろっこしい。
これからは僕の中に湧いてくる音楽を僕だけで楽しみたいんだよ。
だめかな?
若者の願いをやんわりと退けた。
祐一と音
最後はアジなはからいで2人の関係を描いていた。
モデルの古関裕而さんと金子さんの年齢で判断するならこの時音ちゃんは68歳。
祐一君は71歳になっているはず。3歳違いの2人なので。
既に人生の黄昏で、音ちゃんは末期のガン。
日々ベッドに横たわりながら祐一君の世話を受けつつ療養所で過ごす。
何気なく彼女が口ずさんだ歌はかつて祐一君が音ちゃんのために作曲した楽曲。
そして、海が見たいと語る音ちゃん。
応じる祐一君。
このシーンのドラマの撮影にはスタッフの思い入れが強く込められていたような。
年老いた2人がゆっくりと足を踏み出していくとそのまま砂浜のシーンに切り替わる。
さらには2人の姿は出会った頃の若い時の様子のまま。
いつもの撮影で使われていたシーンとは別にわざわざこの場面を撮影したようだ。
そしてバックに流れていた主題歌もいつもよりははるかに長め。
この曲はこんな曲だったんだと改めて聞き直したぐらい。
エールは福島の田舎から東京に出て作曲家として活躍する人の物語だったが、彼方に見えていたのはこの海の景色。
それは作曲家の妻が愛知県豊橋の海沿いの出身だったから。


聞く所によるとここの海岸は今では観光名所になっているらしい。
2人が海でにこやかに飛び跳ねながら散歩するシーン。
この物語の最後を飾るのにふさわしい場面だったかもね。
まとめ
今も続くコロナ騒動を受けて最後に祐一君達の挨拶は大勢の人たちに贈る応援歌となった。
そして、明日は特別編で歌番組が送られるとも。
朝ドラは何作品も見続けてきたが、実は個人的にこの作品が1番感情移入したかも。
それは私自身も音楽が好きで、小学生中学生の頃から音楽に関わってきた人生だったから。
最後に、このブログの中でエールのモデル古関裕而さんと私が1974年にニアミスしていたように思うので、別立てでそのこともブログにアップしたい。
物語は、様々な紆余曲折を経て全ての人へ贈るエールとして完成する。