くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

朝ドラエールとともに歩んだ2020年を振り返る

 

年寄りの朝のルーティーンで朝ドラを欠かさず見ているのだが。

もう何年も続けてきた週間だが、今年の1年を締めくくるには、放送になった古関裕而をモデルにしたエールの物語を外せないと思う。

実は個人的なことだが、私自身の若い頃の行動履歴とほんのわずかに被る部分があって、よりいっそう親近感が湧いたのだ。

今年を振り返ったときに絶対に外せない出来事は今も全く収束の気配がないコロナ騒動。

そのことを考えると影響を受けなかった人は誰1人としていないと言える。

そんな中、人々を応援する意味で作られたエールは辞儀に叶っていたかも。

 

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エール最終回で描かれたシーン

目次

お名前.com

作曲家古関裕而さん家族

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昭和27 8年頃と思われる

戦前、戦中戦後と活躍を続けてきた作曲家古関裕而さん。

奥様と二人三脚で活動されてきたのだが、その音楽家としての歴史がそのまま物語エールに投影される形。

実は作曲家古関裕而さんの名前はうっすらとしか知らなかった。

朝ドラはずいぶん前からこのブログで様々な物語をアップする癖があったので、その都度物語等について調べることに。

調べてみてびっくりしたのは、私が知っている曲に作曲家としてたくさん名前を連ねていること。

なんといっても東京オリンピックの入場行進曲の作曲家である事はリアルタイムでオリンピックに接したものにとってはカルチャーショック。

そしてさらに、戦争中日本国内では様々な軍歌が作曲されたのだが、これはと思う気に入ったものは全て古関裕而作曲の作品だったと後から知ることに。

朝ドラエールとして紹介された時に もちろん物語はフィクションと銘打ってはあったが、使われた楽曲等は全て実際に我々が知るものがそのまま使われたことがある意味新鮮に感じたのだ。

作曲に関わる様々なエピソードがそのまま脚色されて、物語として語られた。

コロナ騒動

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新型コロナウィルス 今も戦いは続く

放送が始まった頃ちょうど新型コロナ騒動が持ち上がった。

すべての活動が規制を受ける中、この番組も撮影そのものが一旦休止となってしまって、それは放送にも大きく穴を開けることに。

撮影が終了したところまで、一旦再放送を用いて2度放送したのだ。

番組的にはこれで少し視聴者が減った可能性もあるだろう。

私はおさらいのつもりでもう一度見させてもらったが。

特にこの番組の中で出演していた

小山田耕三こと志村けんがコロナウィルスに感染してなくなった事実は日本全国に衝撃を与えた

まさかあの志村けんが死んでしまうなど、さすがに私も驚きを禁じ得なかったが。

およそ2ヶ月近く放送を休止した後、また再開することになったのだが、志村けんの出演していた部分は死亡する直前に撮影された分だけで残りは脚本などで出演部分を回避していたようだ。

物語は奇しくも戦後復興時期のエピソードと被って、コロナ騒動で疲弊した今の世の中とダブって見える部分も多かったような気がする。

朝ドラを見ていて涙を流すなんて事はほぼありえないことと思っていたが、戦争中のエピソードを描いていたエールでは、何度かもらい泣きをしてしまった。

それだけ、見ている人を感情移入させる優れた仕上がりになっていたと今更ながら感じてしまう。

世界中に向けたエール

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1964年東京オリンピックが象徴となっていた

いくつかあるエピソードの中で、長崎の鐘作曲秘話が語られていたね。

どうしても作曲のモチーフがつかめずにもがいていた主人公祐一君は長崎の鐘の作者に直接訪問するシーンが描かれていたのだが。

自分の音楽は誰かを励ますために作り続けてきたものとのはっきりした自覚を持つに至って曲を完成させることができた。

自分の中に作曲のモチーフを求めてしまえばその段階で先は見えてしまう。

頑張っている誰かを常に想像して、そのことをひたすら応援する意味で作曲する。

いろんな意味で応援歌を生み出すための物語が今回の朝ドラエールだったと記憶に残る。

物語を見ていると、モデルとなった古関さんのエピソードも巧みに利用しながら見ているものを退屈させないような配慮も随所に感じられた。

最後に最愛の妻音ちゃんが亡くなる頃の描かれ方は、実際の奥様の最後の様子を忠実に再現していたようにも思う。

古関さんの奥様金子さんはご主人よりもおよそ10年前に乳がんの転移によってなくなってしまうのだ。

東京オリンピックが終わってからおよそ10年後とされる。

朝ドラエールはさらに私が20歳前後、たまたま仕事場だった聖マリアンナ医科大学とも少し被る部分があって、さらに私の興味を引いた。

古関さんはエールとは違って実際は3人のお子さんがいる。

女の子2人と末っ子の男の子1人。

この家の長女のご主人が聖マリアンナ医科大学の内科の教授をされていた。

そのつながりがあってセントマリアンナ医科大学の校歌は古関さんが作曲している。

実は私がこちらの大学の動物実験室で短期間だけ仕事をしたことがあったが、ちょうどその頃だったので。

あの時のあの大学でたまたま私が毎日通って仕事をしていたあの場所が不思議に縁があって結びついていた。

そしてその事実を知ったのがおよそ半世紀も経った今現在であること。

あの当時ならば知る由もなかったのだが。

朝ドラエールは私の2020年の思い出と複雑に絡んでくる。

毎朝欠かさず見ていた物語というだけでなく、私の古い記憶としっかりとつながりがあったことがより新鮮味を感じることとなった。

もうすぐ2020年が終わろうとしているが、この後も過去の記憶を呼び覚ますような新たな出会いがあるのだろうか。

今回はたかだか朝ドラなのに、驚くほどの感情移入をしてしまったことが、私の中で新たな出会い出来事だったような気がする。