この間、BS放送で懐かしいシリーズでやっていた映画。
記憶に残っているのはかなり古い映画だけれど、映画の設定に不思議なリアリティーがあって印象深いこと、と同時に見ているものを引き付ける魅力を大いに感じたなと。
調べてみて分かった事は、この映画は1973年の封切り。
驚くほど古いのだ。
そしてなんとあのマイケルクライトンの原作で、しかも脚本も書いていた。
俳優たちはほとんど知らない役者ばかりだったが、たった1人だけ超有名な俳優が出演。
それがユルブリンナー。
彼が、なんと物語の中ではロボットの役柄を演じている。
改めて映画を見ると、この作品以降いくつかのSF映画に大きな影響を与えているなと感じた。
目次
マイケルクライトンのユニークな物語設定
物語はロボットを中心としたテーマパークを3つ作って、そこで本来ならば許されない非合法な事柄を堪能できると言う上流社会向けの娯楽施設。
1つは1880年代設定の西部劇のテーマパーク。
1つは中世の騎士がいた頃の時代。
最後の1つが古代のローマ火山の噴火で失われたとされるポンペイの享楽的な様子を再現。
あくまでも上流階級が対象なのでこのテーマパークで過ごすには1日1000ドルほどの費用を必要とする。
しかしここでは、通常 絶対に許されない殺人とか、気に入った女性を相手の浮気などやりたい放題。
マイケルクライトンは人間社会の欲望を満たす形でこのドラマを作った。
テーマパークという設定は、後に彼の代表的な作品ジュラシックパークに受け継がれる気がする。
またコンピューターが暴走する設定はAIを利用する今の社会とか、有名なターミネーターシリーズなどにそのコンセプトは受け継がれているような気が。
クライトンの先進性はその発想のユニークさで、今に伝わっている気がする。
彼自身のことを調べてみると、すでに存命ではない。
私生活についてほとんど秘密主義を貫いていたクライトンは最後はリンパ腫で亡くなったと聞いた。
つまり白血病に罹患していたような気がする。
60年代から70年代にかけては、実はハリウッド映画は氷河期とも言うべき衰退した時期があった。
この頃、泥沼化していたベトナム戦争がアメリカの敗北によって終焉していた。
国が繁栄することとは程遠い時期にこの頃の作品は作られている。
SF映画がこの後復活するためには、スター・ウォーズなどの有名な作品が作られるまで数年待たねばならない。
名優ユルブリンナー
ユルブリンナーは誰もが知る有名な俳優。
特に彼が主演した王様と私は舞台でもロングランを記録するなど知らないものはいない。
その彼を特に有名にした映画は、
黒澤明の七人の侍をモチーフにした荒野の7人。
この映画で黒澤明から映画の版権を買うと同時に自らも主役を演じた。
このときのイメージがとても強い。
今回の映画に出演していた俳優の中で、唯一私が知っていた俳優は彼だけ。
しかも、荒野の7人のクリスと同じ黒ずくめの衣装でガンマンを演じていた。
ただし、あくまでもお客さんの相手をするロボットとして。
セリフなども一言二言あるだけで、ほとんど会話などを交わすシーンは見当たらない。
ガンマンとしての存在感だけで映画に出ているような。
このときのブリンナーの演技が秀逸なのだ。
おそらく、ロボットを表現するために表情を極力少なくすること。
また意図的にやっていたと思われるまばたきをしないこと。
最後はコンピューターが暴走する役柄なので、その時だけうっすらと笑みをたたえる。
コンピューターが狂い始めてから彼がお客さんを追跡するシーンに映るのだが、このときの描き方は後のターミネーターに引き継がれていると感じた。
シュワルツェネッガーが扮したT 800のルーツがここにあるだろう。
特に見事だなと感じるのはロボットからの目線がきちんと描かれていること。
赤外線探知機で熱源で目標を判断している。
後の様々な物語の出発点を描いている点で、この作品の値打ちは大いに増しているのでは。
1970年頃のSFとは
この時期のハリウッド映画は映画界全般が下火になっていた。
ベトナム戦争の敗北を受けて、娯楽にかける予算は大幅にカット。
映画など多額の費用を必要とする業界はその影響をまともに受けていた。
猿の惑星シリーズはこの時期の有名な作品だが、何作があるシリーズの中でも優れていたのは初回の作品だけだったと記憶。
その後作られた続編群は予算が決定的に少ないことを如実に物語っていたような気がする。
撮影にもほとんどお金をかけられない苦しい内情が映像からも見てとれるのだ。
ウェストワールドはちょうどその頃に作られた映画。
クライトンの同時期の有名な作品ではアンドロメダがある。
この頃からSF作品では著名な作家となっていたが、まだ彼は20代だったと記憶。
後に活躍する事がこの頃から予見できていたのかも。
まとめ
映画のコンセプトはAIの暴走によってもたらされる様々な恐怖。
今日にも共通するようなテーマだが、
物語の緊張感を高めていたのはバックに流れる音響効果。
あのドラムを小刻みに叩くようなバタバタという音がいやがおうにも追跡感を増していた。
物語の中心に位置するのが暴走するロボットガンマン406を演じたユルブリンナー。
この物語ではユルが既に荒野の7人で誰もが知られているキャラクターなことを想定していると思われる。
つまり凄腕のガンマンが自分の相手をしてくれる。
これほどスリルに満ちた体験は無いのでは。
設定も巧みに作られていて、ロボットは必ず人間の側にいて、危害を加える事は無いこと。
そして人間の指示に従うこと。
この一番のコンセプトが壊れてしまうところにこの物語の真骨頂が。
マイケルクライトンの先進性はここに集約されていると言える。
久しぶりに見た映画だったが、当時テレビで放送されたバージョンをもう一度見直してみてもスリルが伝わってくる。
考えてみればおよそ半世紀前の映画なのだ。
今ではCGを駆使した対策がたくさん作られる世の中になったが、描かれるコンセプトは今も昔もそれほど変わりは無いのだと改めて納得させられた。