前の日の放送をおさらいするやり方にもすっかり慣れてきた。
こんなのは必要ないと思った時もあったけど、でもきちんと見ていると、必ずしも同じ映像を流しているわけではない。
おそらく翌日に放送された内容こそが正規バージョンで、前の日の終わりに翌日の予告編を流しているようなもの。
今日は先週の終わり2人がハグするシーンだったことを改めて思い出したのだが。
その中で菅波先生が抱き合ったまま離れようとすモネに「あと1分❤️」
これで2人の仲がきちんと相思相愛であることが証明されたようなもの。
今日はその年のクリスマスに登米に戻ったエピソードと、同時に翌年2017年のお正月、ウェザーエクスパーツで懸念事項が発生したことが語られる。
物語がどんな方向に進んでいくのか、登場人物のそれぞれのキャラクターも意識しつつ
展開していくことになる。
目次
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あと1分


ドラマの中で唯一心がときめくようなラブシーンだったと。
2人の詳しい胸の内、気持ちがきちんと描かれていたよね。
突然の抱擁でちょっと焦って、少し時間が経ってから離れようとするモネ。
それに対して菅波先生はしっかりと落ち着いた声で
「あと1分❣️」
より強く抱きしめた感がしっかり描かれていた。
素直に身を任せるモネ。
正直なところ、裸で抱き合うキスシーンよりもずっと色っぽく感じたのは私だけではないだろう。
初々しい2人の関係。
離れ際に少しやりとりがあって、お互い恥ずかしさのあまり目を合わせることができない。
その辺の切なさも巧みに表現されていたし、
何よりもモネの潤んだ眼差しはこの上もなく愛しいと思うにいささかの違和感もない。
別れた後のモネの切ない表情がなんとも印象的。
登米 お披露目
登米での里帰りは、かつての仲間たちへのお披露目パーティーとなった。
みんな我が事のように喜んでいると同時に、お互い根掘り葉掘り聞こうとするので、菅波先生には迷惑極まりない行為だったかも。
田舎の事だから、話題といってもね、そんなすごいものがあるわけじゃなし。
若いふたりの、それも人気者の恋バナなので珍しくて仕方がない。
モネと菅波先生
2人きりで登米の森林組合事務所で話し込んでいる。
もちろん周りにはこっそりと仲間たちが隠れて覗き見。
2人の会話の中で菅波先生が大学病院から籍は抜かないとの話。
それは中村先生が引き止めたらしい。
そのまま登米の診療所に専属で勤めることになる。
3月いっぱいで東京を引き払って登米に引っ越してくるような話。
モネは仕事が本格的に忙しくなるお正月は簡単には里帰りできそうにもない。
ここで、2人は遠距離恋愛が確定。
モネは2人の気持ちがしっかりと確認できたことで正直嬉しくて仕方がないが、離れ離れになる事はとても寂しくて切ないと、サヤカさんに告白していた。
そのことを聞いて冷やかすサヤカさんがなんとも下世話で、視聴者の気持ちを代弁しているような。
莉子ちゃんの悩み
ウェザーエクスパーツでは担当している「あさキラっ」の視聴率が下がっていることを問題視していた。
テレビ局らしく詳しい分析が報告されていたね。
その中で気になったのは、視聴者が離れていった時間帯はちょうど莉子ちゃんの気象コーナーあたり。
直前のモネが担当する中継コーナーまではそれなりに視聴率が保たれているのに対して莉子ちゃんになった途端がくんと数字が落ちる。
その報告を受けて色を失う莉子ちゃん。
彼女なりに上手にやっているはずだったんだけど。


見なくてもいいネットの書き込みを莉子ちゃんはしっかりと確認していたね。
そして自分に突き付けられた激しいバッシング
それは莉子ちゃんは説得力がない
そう言われるとあくまでも印象の事だからと言いつつも、信用されないキャスターでは見てもらえる可能性はがくんと下がる。
何とかして力になってあげようとするモネ。
ウェザーエキスパーツでは社内での新規事業のプレゼンテーションが企画されていた。
野坂さんも、自分なりに工夫して案を出そうとしていたね
気象予報の会社なので、事業としてお金になるようなことを画策する必要が。
こういった説明は、仕事をする社員たちがどれほど信頼されるかにもよる。
良い仕事ができるかどうかなんて、その人の熱意とか人柄がものを言うので。
ここを指摘されて責められても莉子ちゃんは困惑するばかりだよね。
彼女への関わりが今週のおかえりモネの大きなテーマになりそうだ。
それからネットではもっぱらニュースになっていたが、おかえりモネはどうやら撮影が終了したとの事。


そういえば今日のあさイチに高村さんが出演していたよね。
北海道では、3年前に大きな地震があって、北海道中が停電したことを今更のように思い出す。
あの時は地滑りなどで44名ほどが亡くなられた。
ニュースではそのことがひっきりなしに取り上げられていたが。
私自身の記憶でも夜中に大きな揺れで目が覚めて、その後仕事柄、役所に連絡を入れて自宅待機した記憶が。
何よりも大変だと思ったのは、携帯電話が全く通じなくなってしまったこと。
大きな災害の時はこういったことが簡単に起こってしまう。
さらには、スーパーから品物がなくなったり、停電したりかなり厳しい生活を強いられたと思う。
そういったことを考えると、気象予報とか災害予防とかの考え方はきちんと詰めて身に付けておく必要があることを今更のように実感する。