我が家では、テレビを見たりネットの動画を視聴することが日課。
それと、趣味を兼ねて朝ドラとか大河ドラマをネタにブログのアップも。
ネットの動画はともかく、テレビには視聴率なる魔物が潜んでいる。
天下のNHKといえどもこの視聴率には大きく左右されるらしい。
朝ドラはかつては時計代わりで見ていたと思った。
ドラマの内容に興味があって見始めたのはいつ頃からだろうか。
私にとっては、少なくともこの10年以内のことだったと記憶。
俳優にとっては、朝ドラ出演が大きなステータスになるとも聞いたことがある。
私なりに調べてみたところ、NHKの朝ドラは他局のドラマとは違って、特別な思い入れがあるようにも感じる。
しかしながら、2020年以降は朝ドラにとっては冬の時代が来たとされている。
コロナ禍が与える影響は計り知れなかったかもしれない。
そんなことも踏まえつつ、私なりの朝ドラ感を分析してみたい。
目次
視聴率
視聴率で検索すれば、おしんの視聴率は大変なもの。
52•6%は他の追随を許さない。
このドラマは、1983年製作なので今から40年前の作品になる。
この前後の朝ドラの視聴率が頂点だったかもしれない。
50%に満たないまでも40%台の後半の作品が続く。
ちなみに最近数年間は20%にも及ばない。
大抵の場合、15%から17%程度と報告される。
NHKは受信料で成り立つテレビ局なので、視聴率は気にする必要がないと思いつつ、大勢の人に見てもらうことを考えれば、全く気にならないってことにもならないんだろう。
やはり、視聴率を無視することにはならないようだ。
思うのは、やはりドラマとしての面白さだろう。
よく言われる『俳優の無駄遣い』
つまり、実力ある著名な俳優を脇役で惜しげもなく投入していく。
それは、やり方としてはそれほど悪いこととは思わないが、見合っただけのストーリー展開が欲しいところ。
15分だけの物語でどれだけのことが描かれるのか、誰もが大いに気になるところではある。
複雑で入り組んだ展開では、そのうちみんな見なくなってしまう。
面白さとわかりやすさが、興味深さとともに同時に存在する必要が。
俳優にとってのステータス
朝ドラに出演する俳優たちにとっては、皆名誉なことだと思っているらしい。
あちこちのドラマで活躍経験のある俳優でなければ、簡単には声がかからないようだ。
さらには、ヒロインなどはオーディションもあったりして簡単には選ばれないとも聞いた。
そこまでしても朝ドラに出演したがる俳優たちにとっては俳優としての実績を積む上でも魅力のあるアイテムなんだろうと思う。
このドラマあたりから、朝ドラ離れは加速したと思う。
制作スタッフが大真面目だった事は認めるが、沖縄を舞台にしたことでいまひとつぴんとこなかった視聴者も多かったはず。
さらには描き方にいまひとつ信憑性を持てないとの意見も多かった。
このドラマの主人公暢子が実は私と同い年の設定で、個人的に思い入れのあるドラマだったけれど、毎日繰り返される批判のSNS投稿は、さすがに眉をひそめるものも多かったような気がする。
制作スタッフの心意気
制作スタッフの思い入れもかなりなもの。
ドラマを作るために細部に至るまで渾身のこだわりで描こうとする。
どんなドラマでもそうだが、画面の隅っこに写っているものが時代背景だったりもするので、そこに注目するだけでもドラマの面白さが伝わってくる。
それは、単純にポスターだったり、冷蔵庫や洗濯機といった電気製品やちゃぶ台などの日用品なども全てが時代考証をもとに語られることになる。
15分のドラマながら、こだわりは驚くほどの完璧主義。
最近のドラマで言えば、携帯電話などが相当するだろう。
携帯電話の出始めの頃はガラケーだったけど、最近に近づくにつれてスマホに転換する。
スマ歩に詳しい人ならば、機種まできっちりと特定することも可能。
NHKが使うのは、どうやらアンドロイド系が多かったような気がする。
それらは皆、物語を作り上げるためのこだわり。
とある小説家の言葉を借りれば、物語とはすなわちディティールであると。
つまり、ストーリーの中に直接は語られないけれど、隅々に至るまでどれだけの気配りがなされているか。
物語がどれだけ信憑性を帯びるのかは、ディティールが担うことになるらしい。
これからの朝ドラ
私の生活にとっての朝ドラは必要不可欠なものになる。
毎日ブログとしてアップする都合もあるけれど、物語や番組を作る制作スタッフの心意気にきちんと応えたい気持ちが今は1番強いだろうか。
文化として残しても良いのではとさえ思ってしまう。
視聴率に一喜一憂するのはやむを得ないことと思うが、数字にいちいちうろたえたりするのではなく、制作スタッフと俳優たちも含めた伝統的な文化として残してほしいと思う。