昨日で7回シリーズの時代劇 菜々の剣が終了。
毎回録画をしてしっかり見させてもらったが、久しぶりの時代劇。
しかも、時代劇でありながら10代の年端もいかぬ女の子で女中が主役の物語。
一体どんな物語なのかと興味津々と、期待もあって観させてもらったのだが。
さすが期待の新人。
評判に違わぬ名女優誕生と言える。
時代劇をこれだけこなせれば、女優としても申し分なく実力者と言える。
時代劇らしく、セリフ回しや立ち居振る舞いが 時代を感じさせてとても爽やかな作品。
目次
物語の中心は武家の娘が力を発揮して両親や主人の無念を晴らす


16歳のときに風早家に女中として 奉公に上ることに。
主人公菜々は、藩の不正を暴こうとして逆に謀反の疑いをかけられて切腹させられた家系の娘。
そして自分の母がなくなるときに敵は“轟平九郎”であることを告げられる。
奉公先の風早家で、偶然にも敵の“轟平九郎”と遭遇してしまう。
自分の主人である“風早市之進”も藩の不正に気が付き、その不正を正そうと奮闘するのだが、“轟平九郎”の罠にはまってとらわれの身となってしまう。
自分自身の父親の敵と主人の汚名を注ぐために菜々は全力で奮闘するのだ。
物語が進むうちに、菜々自身が剣術を身に付けて轟平九郎と戦わねばならない状況に。
物語の設定で、女中奉公の菜々が 幼児2人を世話しながら必死に生活しようとする物語は時代劇の中ではベタな設定と言えるだろう。
彼女を助けるために、様々な人脈が周りにできるのだ。
特に塾をやっている“死神先生”や、質屋をやっている“お骨さん”。
こういった人たちが菜々の味方になって何かと助けてくれるのだ。
年端もいかぬ少女を守るために 、周りの者たちが皆 惜しまず協力することに。
どのような作品でも言えることだが主役と主役を支える脇役の関係はとても大切。
主人公はほかならぬ清原伽耶だが、彼女を取り巻く様々な立場の周りの配役たちが物語をもり立てる。
作品の1部にしか出てこない役者たちも重要な役割を果たしている。
まずこちらの鏑木藩のお殿様を始め、藩の重役たち。
また、主人である勘定方のお役人とその家族。
ほかならぬ江戸時代の話なので、お殿様は江戸の屋敷にお勤めとなっているが、藩自体は地元で、藩財政は地元と江戸の二重経済になっている。
江戸時代のほとんどの藩はこのような財政状況で、収支が安定している藩はなかったと言える。
このような参勤交代制があったがゆえに、藩財政は常に逼迫した状態にあって、特に幕末になってからは赤字で財政が立ち行かなくなる藩が続出した。
またこのようなシステムだと不正が起こりやすく、この状況に乗じて私服を肥やすものもずいぶん多かったのだ。
そして、この時代の現在と大きく異なる特徴として、賄賂や 袖の下などは特に違反とはされず、誰もが普通に行っていたことなので、どれだけ根回しして賄賂などを行えるかが、自分に有利な状況を作り出す手段だった事は間違いない。
時代背景はこんな感じ。
今とは物差しがまるで違っていた。
守るべきご主人とその子供たち
この一家はこの物語の中で亡くなってしまう心優しい奥様がいたのだが。
この奥様にかけていただいた言葉が菜々の行動の元になっている。
「自分自身の主人と、子供たちをどうか守ってほしい」と。
それが亡くなられた奥様の遺言だったのだ。
その遺言を我が事として受け止め、命がけで奔走する菜々。
ちなみに子供たちのうち、妹の役柄をやっている女の子。
田中乃愛ちゃん。
彼女は、今 朝ドラでやっている“なつぞら”の子役時代の千遥ちゃん。
この子役時代から大人になった千遥ちゃんが“清原伽耶”。
不思議な縁で、2人の演じた役柄に共通性がある。
最近のドラマでは子役たちも本当に立派な俳優。
付け焼き刃で大人が挑んでも到底かなわないぐらいの演技を平気でこなす。
この子たちは皆しかるべき事務所に所属しているれっきとしたタレントなのだ。
主人公と相対する悪役が抜群の存在感
轟平九郎を演じた北村有起哉さん。
お父さんが北村和夫さんで2世タレントである。
主に舞台を中心としてこなす根っからの俳優。
映画出演も広くこなしているが最近の有名な作品では“関ヶ原”で“井伊直政”の役をやっていた。
独特の風貌も相まって、この物語では不幸な生い立ちの武士の役で、藩財政の不正に
古くから関わってきた、敵役の張本人。
不正を暴こうとした役人たちをことごとく策略によって排除してきたのだ。
菜々の父や主人の風早市之進も不正を暴こうとして皆その策略で返り討ちに遭っている。
物語の中で追い詰められた菜々は仇討ちを申し出て真剣勝負を挑むのだ。
どんなに筋の良い剣術の使い手でも、付け焼き刃で轟平九郎に挑んでもほとんど勝ち目は無い。
犬死にするのは目に見えているのだが、菜々の捨て身の策略で、お殿様に不正の事の次第を陳情しようとするのだ。
この2人が悪役の元締めのように語られているが、実は鏑木藩の先代のお殿様も賄賂をもらっていたので、同じ穴のムジナと言える。


こちらの藩はお殿様が変わったばかりで、まだまだ先代の力が強く、若殿様は先代の言いなりだったのだが、忠臣の部下からの進言で自ら不正を正そうとする。
最後にはめでたく物語を終えるのだが、“轟平九郎”は自分自身の罪を認め、切腹を申し付けられる。
切腹の当日、指南役が介錯を申し出るが、それを断って切腹して果てるのだ。
悪役とは言え、自分自身の身の振り方を誰にも頼ることなく自分自身で落とし前をつける。
最後のセリフ
「介錯無用」が武士としての心意気を表していた。
時代劇らしいハッピーエンド


決闘のシーンでは、およそ勝ち目のない戦い。
そこに命がけで挑む菜々は隙を見てお殿様に不正の証拠の文書を提出するのだ。
実はこのシーンでもひと揉めあって、陳情を受け入れてもらえるのである。
ここでの、“轟平九郎”の悔しがるシーンは時代劇にぴったりの見所。
ここで初めて菜々の命がけの努力が報われるのだ。
しかし、この物語に用意されていた本当の意味でのハッピーエンドはこの後。
晴れて無罪方面となった“風早市之進”は子供たち2人を伴って菜々に会いに来るのだ。
そこで 市之進は菜々に告げる。
「周りの噂である江戸住まいはしない。」
「地元に残って 1勘定方として、しっかりと地に足をつけて暮らしていきたい」と。
「ここで地元の人々と一緒に暮らして藩のために腐心することこそが自分の役目なんだ」と説明するのだ。
そして、ここでの暮らしにはどうしても菜々にそばにいて欲しい。
「子供たちのためだけではなく、私の妻として。」
物語はここであっさりと終了。
これ以上も以下の説明もなく、エンドロールが流れて終わるのだ。
この余韻の残し方はなかなかうまくできている。
このドラマを7回連続で見たその最終として、不思議な後味の良さ、満足感が残った。