くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

ショスタコーヴィッチの憂鬱

 

 

ドミトリーショスタコーヴィチ

 

目次

 

 

この作曲家を知っている人はかなりの音楽マニアでしょう。

 

かく言う私も全くの好みの作曲家と言うわけではありません。

 

 旧ソ連時代芸術アカデミーの重鎮と言えるそんな方ですね

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あのカラヤンとも親交があったようです

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ソ連を代表する作曲家ですが、有名な曲を1つあげるとすれば次の曲になるのです。

 

ショスタコーヴィッチの代表曲

 

私が高校3年の時ですから、今から47年前になりますか。


ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調作品47《革命》 第4楽章 ショルティ

ゲオルグショルティ指揮の演奏。この曲の一躍有名になった部分ですね。

 

実はこの曲はショスタコービッチ本人が不本意ながら作曲したものともっぱら言われているんです。

 

この第5番は旧ソ連 スターリン圧制時代の様々な迫害の中で作曲されたいきさつがあります。

 

スターリンの圧政によってショスタコーヴィッチ自身の友人や親戚やその他の知り合いが数多く処刑され、その魔の手はまさにショスタコービッチ本人にも及ぶのではないかその最中に作られた曲です。

 

ソ連の開国20周年に合わせて作曲しなければならないノルマがあったようですね。

 

この第5番は全曲聴いてみると曲の作りが極めて古風な仕上がりになっているんです。

 

旧ソ連という社会

 

ショスタコーヴィッチ自身はどちらかと言えば現代音楽志向でした。

 

ソ連を讃えるのにふさわしい曲を、周りからの圧力によって作らされたというもっぱらの噂。

 

ショスタコーヴィッチの他の有名な曲を少し見てみましょう。


Shostakovich: String Quartet No.13, Borodin Quartet 1981 ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏曲第13番 ボロディン弦楽四重奏団

 

彼の場合、交響曲がマーラーに匹敵するとされる大作曲家の位置づけでした。

 

しかしながらこの弦楽四重奏のような曲も極めて有名ですね。

 

曲風がまるで違います

 

知られざる裏話

 

あの第5番が初演の時に大喝采を浴びて絶賛されたのですが、しぶしぶ作らされた感のショスタコービッチにしてみれば、不本意極まりなく、演奏後の舞台挨拶に上がった後も、まるで泣き出しそうな顔だったと記録に残っていますね。

 

また別な記録ではこの後 楽屋に戻ってから、彼は悔し涙にくれたと言われている位です 。

 

真偽のほどはわかりませんが、少なくとも彼が作りたかった曲ではなかったようです。

 

このショスタコーヴィチと並び称せられるソ連出身の作曲家はストラヴィンスキーでしょうね。

 

彼は旧ソ連に見切りをつけて、フランス、アメリカなど家族とともに亡命したのです。

 

 旧ソ連時代には様々な分野で芸術家が迫害を受けていたようです。

 

政治的な体制を維持するためには意見交換など全く認められなかったばかりではなく、もし万が一批判的な意見でも出そうものなら、場合によっては命を失うようなそんな目にもあったようです。

 

しかし、作曲家の思惑や周りの批評を別にしても、このショスタコーヴィッチの第5番名曲であると言えますね。

 

未来へ向かって全力でぶつかっていく、進んでいくその意気込みが好実に表現されているようです。

 

私が知っていたのは、この曲の第4楽章は、実は吹奏楽でもよく取り上げられるのです。

 

およそ半世紀前の思い出  まとめ

 

高校3年の吹奏楽コンクールの全道大会で高校の部で優勝したのはそれまで全く無名だった遠軽高校でした。

 

この時私の地元の高校も参加はしていましたが、力及ばず、確か銀賞位だった気がします。

 

このときの遠軽高校の演奏が素晴らしくて、彼らの定期演奏会にわざわざ地元まで聞きに行った記憶が。

 

今にしてみれば懐かしい記憶ですが、あの当時部活動を指導する先生なしで、生徒だけでブラスバンドを運営しているのは私の地元の高校とこの遠軽高校だけ位だったと思いますね。

 

今はどちらも顧問の専門の先生がいて指導に当たってくれているようですが。

 

顧問がいるかいないかの良し悪しではなく、音楽にかける情熱がどれほどのものなのかを改めて考えてみる良い機会だったかと思います。

 

私自身のモチベーションも、この中学 高校からのものを今に至るまで変わらずに持ち続けていると自覚しています。

 

あの当時の感動を思い出しつつ、ブログにまとめている今日この頃なわけです。