くわちゃんの独り言

音楽や映画が大好きな爺さん。長年の経験から知りえたことを発信します。

認知症体験 経験してわかる事実

 

認知症になった経験

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専用のゴーグルで擬似体験ができる

 

 

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目次

 

実は、私の場合、疑似体験ではなく実体験で認知症の経験がある。

今から4年ほど前の ちょうど今頃だと思うが、庭で大きくなりすぎたひばの剪定作業をしていたのだが、その時に左の側頭部を車庫の側面にしたたか打ち付けたのである。

目から火花が出るほどの衝撃だったのだが、ほどなくしてぶつけた事実も忘れそのまま7月が過ぎ8月が中ぐらいになった位から少しずつ体に異変が起こってきたのである。

ふと気がついたときには、私はその時、携帯でしょっちゅうメールをしていたのだが、そのメールの打ち方がどうもいまひとつ思い出せないことが重なり、また、困ったことには、パソコンでタイピングをするときに手元を見なくても打てるように訓練されていたものがそれが全くできなくなっていた。 

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ブラインドタッチは訓練で誰でも可能


私にとっては当たり前にできていたことがなぜか、いつになく自由にならない思いを感じたのである。

そのうちに、人と会話をするときに、どのように受け答えして良いのかわからないことができてきた。

単純に考えて、相手が何を言っているのか全く理解できずに、その上自分が何か言わなければいけないと考えつつ、何を言っていいのかわからず押し黙ることが多くなったと思う。明らかに普通の理解力は失われつつあるような感じだった。

後になって聞いたことだが、その頃の私と会話をしていた同僚たちは私がおかしいと感じていたようだ。

会話が全く噛み合わないのと、また、その頃何度か職場でつまずいて転ぶことも発生していた。それを同僚に見られて、“大丈夫か”と声をかけられて大丈夫と答えながらも何かおかしいと感じる自分がいたのである。

その頃は、車の運転も普通にしていたのだが、実は、妙にハンドルがぶれるというかフラフラする感じを感じていた。

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認知症であることを知らずにハンドルを握る人はかなり多いはず

ある時に、運転していて危険を感じてとっさに右足でブレーキを踏もうとしたところが、足の運びにもたついてギリギリ間に合うか間に合わないかの大変な目にあったことが。

その時に、このままではまずいと初めて感じたのである。

そのままその日は家に帰って、その当時の先輩にどうもいまひとつはっきりしないので病院に行って診てもらうと伝え、先輩の勧めもあって夕方5時過ぎだったのだが、時間外を承知で旭川の日赤病院に。

病院の正面玄関の端の方にもたもたしながら何とか車を止めて、中に入って時間外の窓口へ行こうとするのだが、その時の警備担当の人に行き先をきちんとメモで教えてもらったにもかかわらず、結局はたどり着けず、たまたま通りかかった病院の職員の方に手を引かれて診療窓口へ。

その時に診察を受けてわかったことが、「慢性硬膜下血腫」

左側側頭部に、およそ100 CC近くの血腫があり直ちに手術をして取り除かないと、このまま放っておけば日常生活もままならないことになるとの診察。

そのまま夜にかけて緊急手術をして、左側の頭蓋骨に直径1センチほどの穴を開け、中に溜まった血腫をドレーンで排出する1連の治療を一晩かけて受けたのである。

一晩経った後に、思いのほかすっきりとした自分がいることに気がつき、そこで初めて改めて周りの知り合いや、職場などにメールをすることができたのである。

今まで1行のメール文を作るのももたついていたものが、何の苦労もなく普通にメールが打てたので、やはり左側の脳が血腫で圧迫されて、その働きが著しく阻害されていたのだと気づくことに。

そして、幸運なことに、 3日ほどの入院で退院できたのである。

その時、医者から受けた説明で、脳の働きが著しく制限されていたこと、また車を運転して病院に行ったのだが、もし、あらかじめ連絡を受けたならば運転する事は絶対に許可できなかった旨を告げられた。

そういえばいくつか受けた質問の中で、“車を運転してきたのです”と言ったならば、“よく運転できましたね”と言う答えが返ってきて、わたし的には随分と不思議な感じを覚えたものである。

いろいろな説明を聞くうちに、このような症状に陥った原因は頭をぶつけたとのこと。

実は頭をぶつけた事はすっかり忘れていて、その時にはとっさに思いつかなかったので、「思い当たることがない」と答えたところ、医者は笑って「後でゆっくり思い出してください」と言われた記憶が。

実は、この時経験した1連の事柄が、認知症そのものだったと後から気がついたのである。

それは退院してから、かなり時間が経ってから。

いろいろ頭の中を整理して様々なことを思い出しつつ、自分がおかしかった頃の、人とのやりとりを反芻しながら、“これはひょっとしたら認知症なのか”と思うに至った次第。

今思い返してはっきりとわかるのは、自分が認知症を期間限定で発症していた時点で、自分自身が認知症だとは全く理解していなかった。

そのようなことには考えが及ばなかったのだ。

とにかく、その時その時に備わった自分自身の力で何とか生活していこうとそのように心も体も反応したのである。

おかしいと思っては見ても、医者へ行ってまで調べてみようとは全く思わなく、かなり症状が重くなってから初めてこれではまずいと周りの人に相談をし、その時も、時間外で今すぐ病院に行けとの指示がなければ、私は夕方だったこともあって、次の日病院に行った可能性が高い。

フタを開けてみたらほとんどギリギリの非常事態だったのである

世の中では認知症に関わる報道その他は様々なものがあるが、自分自身が認知症であって何とか回復できた例は私のような特殊な場合だけだと思う。

私も血管系の脳のトラブルだったので原因を取り除いて復活できたわけで、そうでないアルツハイマーなどの病気を発症していたならばこんなことにはならなかったはず。

これが私の実体験で、折に触れていろんな人に説明をしている。

おかしいと感じたときには、やはり誰かに相談してみることがとても大切かもしれない。

自分だけの判断だと、どうしても自分勝手な都合の良い判断しかしないのである。

キャラバンメイトの会

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キャラバンメイトの会 キャラクターデザイン

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各地方自治体でキャラバンメイトの会なるボランティア活動がある。

これは、認知症サポーター養成講座の講師を務める人たちの集まり。

今から8年ほど前に不思議なご縁でこのキャラバンメイトの講習会を受け会員として登録された。

実際の活動はせいぜい年に数回程度しか行わないが(最近では極めて少ない)、この講師をして講義をする事は、認知症に対する啓蒙運動である。

認知症のあらましを説明してパンフレットを渡し、必要があればパワーポイントとかも用いて講義をするのである 。

この講義に参加した人は、そのまま認知症サポーターとして登録されることに。

これは認知症の勉強会に参加した証。ここで私が必ずと言っていいほど伝えるのは、およそ世の中で認知症と呼ばれる人は実はたくさんいるけれども、普通に生活していて誰が認知症で誰が認知症でないかはわからない。

私たちが誰かの助けになろうとする時に、その時、その人が認知症かどうかわからない。しかし、明らかに困っていそうなので助けの手を差し伸べる。

この基本姿勢を丁寧に説明させていただく。

この勉強会では、どうしても認知症の説明に終始して、具体的にどのように活動するか、どのような心構えが必要かなのかは講師の裁量に任されているのである。

私が注目するのはそこ。

普段生活していても勉強会で学んだことがそのまま生かされる事はごく稀。

そのような困った人がいたときに、ふさわしい見守りや手助けができることがこの勉強会の目的と考え、何度か講習会を引き受けている。

これから見えてくること

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考え込むことも多かった

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実は認知症を経験してみて大きくわかったことがいくつか。

  • 自分自身が認知症であるとは思わない。
  • 自分が持ち合わせた、今ある能力で生活を続けようとする。
  • よほど違和感を感じなければ、誰かに相談しようとは思わない。
  • 自分の身に起こるトラブルを周りの人に注意されたくない。

おそらく、私以外の認知症かそれに準ずる症状を持った人たちは同じような考えでいると思う。

特に若い世代では、認知症でもし仕事ができなくなったならば、例えば生活ができなくなるなどを深刻に考えて、自分で問題を抱えてしまうことが多いかもしれない。

実は、こういった人たちへの対応がこれからの社会のあり方を決めてくるはず。

今の社会は、どちらかと言えば高齢者には厳しい情勢と言える。

様々な保険料や、医療費等で、仮に年金で暮らしていたとしてもかなりの出費がある。

残念ながら、今はこのような不安に対応するのは個人で行うしかない。

安心して生活できるようになるには、自分自身の努力もさることながら、横の連携プレーも必要不可欠と考える。

これはつまり、行政とか、また手助けをしてくれるボランティアとか。

そういった人たちの参加。

まとめ

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 放っておいても自然に治ることがないのが認知症。

どこかのきっかけでしかるべく医療機関を受診し、きちんと対応しなければならないだろう。

ちなみに左半分の脳にトラブルを抱えた私は、あの当時、右足を微妙に引きずっていた気がする。つまりびっこをひいていたのである。

これからの時代、健康で過ごせる事はそれだけで財産と言えるだろう。

自分で様々な経験をしてみて、およそ健康とは言いにくい体でありながら、それでも様々なボランティア活動や仕事などをさせてもらえるのはとてもありがたいこと。

これらの活動を通じながら、少しでも周りの人の役に立てればと思うのである。

自分自身も認知症の当事者になった経験ゆえに、少なくとも人ごととは感じられない。

今、請け負ったボランティア活動を今後も可能な限り続けさせてもらって、自分自身の勉強にも役立てたいのである。