今日のなつぞらでは、異例とも言えるタイトルバックなしの放送。
要するに、必ず主題歌を含めた番組そのもののご案内とも言うべきものが、まるでなしでいきなりぐいぐい物語が進んだもので。
見ている方はいつタイトルバックが始まるの?
最後の結婚式のシーンでテーマ音楽が流れたので、そうか!こういうことか!と不思議な納得。
でも、とにかくよかったねー。
たまにはこういうめでたい気分にならなきゃね。
目次
富士子さんから手渡された 思いやりノート
今日は特殊な放送形態だったので最初のタイトルロゴはなく、いきなりエピソードが進むような内容。
始まってすぐのところで、お母さんからなつへノートが手渡される。
その中身は今までなつが柴田家で食べてきた様々な料理のレシピ。
忘れないようにとの心遣いで。
ちなみになつは家事をよく手伝ってくれたのでこのノートを渡すだけで全て理解できるだろうと。
そしてもう1人の娘 夕見子ちゃん。
彼女にはノートを渡してもほとんど意味をなさないとのお母さんの話。
特訓して手取り足取り教えるとのこと。
今日の放送は最初から感動のシーンが多くて、女優の涙が見放題。
縁側で2人寄り添うシーンを見ていると松嶋菜々子さんのスタイルの良さにちょっとびっくり。
広瀬すずさんの回した左手で、より松嶋菜々子さんの腰のラインがくっきりと。
もう結構なお年のはずだが、若い頃とほとんど体型が変わっていないようなのも 女優としての根性を感じる。
この2人の絡むシーンの北海道弁は彼女たちは 普通は話さない言葉なのでと思うが、北海道人の私から見てもほぼ違和感は無い。
亡くなった高倉健の言葉を借りると方言をセリフで話すときには完璧はあまり求められないのだそう。
若干の違和感を残しつつ話すのが方言がより方言らしく感じるとのこと。
確か、女優の綾瀬はるかさんに講釈していた内容だったですね。
天陽君と一久さんの出会いもここで実現してます。
一久さんの謎めいた質問にも、たじろぐことなく答える天陽君。
やはりモデルが神田日勝だけあって、感性で受け止めることに何の違和感もなく答えていた。
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一久さんのケッサクなご両親
一久さんのご両親は、父親が考古学者一直さん。お母さんがサトさん。
関根勤さん扮するお父さんは一久さんとほとんど同じ匂い。
相手の都合を考えず、やたら難しい理屈をひたすら並べ立てる。
さすが一久さんの父親。
しかし、偏見などなく人を見る目を持っているのはさすがかな。
なつが戦災孤児であることを全く気にすることもなく普通に受け入れたあたりがね。
合同結婚式 泰樹さんの涙
結婚式に向かう直前の2人のやりとり。
今日のドラマの中でははじめの方であった 富士子さんとのやりとりに並ぶ目玉のシーン。
なかなかやってこない泰樹さんに会うためにわざわざ牛舎まで花嫁姿のまま足を運ぶなつ。
「じいちゃん今まで育ててくれてありがとう」
その言葉に
「わしの方こそありがとう」
「わしもお前に育ててもらった」
「いっぱい夢を見させてもらった」
こう語った泰樹さん。
女優広瀬すずと俳優草刈正雄の一級品の演技がこんなところで見れるとは。
お互いに涙を流すシーンだが、見ていてもらい泣きする位の迫力が。
このドラマはわずか15分の枠の中で様々なエピソードを披露しなければならない。
そのわずかな中でこれだけの感動を与えられる物語も少ないのかも。
わたし的には今日の放送の中でイチオシのシーンと言えた。
まとめ
結婚式にはあちこちから親戚一同が集まって、にぎやかに盛大に行われたのだ。
この当時はすでに結婚式場のようなところもあちこちで来てきていたのだが、大きな農家では自宅でやる人も多かったと記憶している。
この物語では二組同時の結婚式なので、それぞれの家族やそれぞれに登場人物が挨拶し合うシーンが、わずか2 3分の間に語られていた。
このシーンの中で初めて毎朝お馴染みのテーマ音楽がバックに流れたのだ。
花嫁さんは2人ともとても魅力的だったのだが、広瀬すずの花嫁衣装はなかなかインパクトがあったと思ったので。
さて、来週の予告編からはまたいくつか新しいエピソードが加えられているようだ。
今日の放送の中でも咲太郎と光子さんがツーショットで映っていたが、これから先の放送でこの2人にも新しいエピソードが生まれます。
そして先に結婚した茜ちゃんとか子供が生まれるんだよね。
と同時に、なつに新しいテレビマンガの制作の話が持ち上がります。
モデルとなる話は“魔法使いサリー”
実はこのオリジナル魔法使いサリーは奥山玲子さんの監修。
ここは原作通りになるはず。
実はこの時に東洋動画では以前このブログでもアップしたように様々な問題が起こってくるんですよ。
大体はあらかじめわかってはいるんですが、東洋動画ってこの当時はひょっとしてブラック企業だったかもしれません。
今ならありえないことなんですが、当時はこのような事は日本全国どこにでもあった話のようです。
詳しいことは、来週になったらまたアップできるはず。