さて年明け早々始まるNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』
様々なトラブルやら何やらいっぱいあって、下馬評ではずいぶん注目。
なんといっても主役の沢尻エリカの降板劇がずいぶんと注目された。
時代劇オタクの私としても、今現在の大河ドラマはただの1度も見たことがなかったが、この次の時代劇はぜひとも見たいと思っていた矢先のこと。
現場サイドは随分と苦しんでいるようだが、放送日を少し遅らせて、どうやら何とか間に合わせようと。
さて、どういった描かれ方で歴史上の分岐点となるべきあたりが表現されるのか。
少し先走るようだが、ちょっと考察をしてみることに。
目次
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明智光秀に注目


明智光秀は、信長の側近中の側近だったとされている。
後々には信長の家臣となるのだが、最初の身分は違っていたはず。
実は、信長は家督を継いだ頃はまだ尾張の田舎侍で、例の方言丸出しで、とてもじゃないが他の諸大名や天皇家との会話など成り立たなかったのだ。
その時に、信長と天皇を始めとする公家衆との通訳が最初の光秀の仕事。
それぞれの会話に通訳が必要なくらい、お互い個性的な語り口だったのだろう。
特に若い頃の信長は、『尾張のうつけ』として教養も何もない野生児として認識されていた。
その時、初めて信長に出会った光秀は一体どんな印象を持ったのだろうか。
この大河ドラマの最初のポイントはその辺だろうと思う。
脚本家がどんな描き方をするのか。
光秀は軍人としてもかなりの実力者だったが、しかし文武両道と言うが如く、彼は様々な卓越した知識によってその行動は他の模範とも言うべき優れたものだったようだ。
それほど知的な光秀が、信長に請われるままに家臣となっていく様子がどんな描かれ方をするのか。
当然のことだが、演じる役者によっても随分印象が変わってくる。
主役を演じる長谷川博己は、朝ドラのまんぷくで既にしっかりとした実績があって、そこに基づいて採用されたようだ。
何せ、制作元はNHK。
彼らはスキャンダルなどの報道に驚くほど臆病。
今回の沢尻エリカのスキャンダルにも相当な衝撃を受けたに違いない。
脚本が池端俊策
彼は現在73歳でかなり高齢ではあるが、私が過去に見た映画の中でとても評価できる何本かの作品の脚本を書いている。
緒方拳が主演した復讐するは我にあり
またカンヌ映画祭でも高い評価を得ていた楢山節考
この2作品を作っていると言うだけで、私の中の評価は最も高いものと言って良い。
様々な人間の心の奥底をきちんと描ききることにかけて、凄腕と見る。
他にもテレビドラマを多数手がけているので、その実力のほどがうかがえる。
今回のドラマは、どのような語り口で描かれるのだろうか。
始まる前ではあるが、歴史的に有名な事実に向かっていく話なので、そのことを考えると脚本家としては逃げ道がないのではないかとも思う。
見る側としてみればまさに興味は尽きない。
どれだけ人物像に肉薄できるか


光秀の主君となる織田信長。彼をどのように描くつもりなのだろうか。
記録の中では驚くほど気が短い印象で語り継がれているが、最近の研究では信長の第一の特徴は他に類を見ないほどの合理主義者。
信長はやたらめったらと人殺しをしていたわけではない。
経済などの様々な運営はこれが良いと思う方法を自ら支援してやらせてみる。
かつての古いやり方は実はそのまま放っておいて、弾圧したりするような事は一切していなかった。
信長の様々なエピソードの中では、最初は、ある程度話し合いなどの方策をとっていくのだ。
もっとも、議論をしあって解決策を導くような方法ではなかったと思う。
問題は信長の話し合いに相手が応じることができるかできないか。
もし相手が全く言うことを聞かずに逆らい続ける場合、最後の最後で武力行使となったようだ。
有名なところでは『比叡山の焼き討ち』がある。
実はあの時の作戦行動の主な指揮をとっていたのは光秀である。
比叡山が信長の忠告を全く聞き入れずに敵対行動ばかりをとっていたので、ついに大鉈がふられたのだ。
そして信長のやり方は手加減と言うものはなかった。
やるときには完膚なきまでに叩きのめす。
彼の場合、様々な工夫や努力をあらかじめしているのだ。
その上でどうしても無理なときにのみ武力行使をしたようだ。
信長の様々な対外的な活動について光秀はつぶさに見ていた。
当然、理解でき納得できたこともあったろうが、光秀の武人としてのポリシーには明らかに違うと感じる部分もあったようだ。
そして本能寺の変で信長を討ち果たした光秀を退けたのが秀吉である。
光秀と秀吉は信長の家来として張り合っていたようだ。
知的で理詰めの行動を取りがちな光秀と違って秀吉はひらめきの人とされる。
秀吉の様々なアイデアを生み出す力。そして秀吉自身が持っている驚くほどの強運。
この2つが信長の野望の二大看板とも言っていい。
信長は何かにつけて光秀と秀吉を多用したと言える。
しかし、私が思うに信長が自分自身の様々な知的な作業を補えるのは光秀以外にいないだろうと思っていたフシがある。
あの本能寺の変があった時も、信長の身辺を警護する、つまり京都全般を守る重要な位置に配置されていたのは光秀だからだ。
この当時の登場人物は誰もが個性的


このビジュアルを見たときに斎藤道三の役柄はぴったりのような気がした。
斎藤道三は歴史上で見てもかなりの曲者である。
ただし、その運命は気の毒なことに自分の息子に討ち果たされるのだ。
今回のドラマの交代劇で渦中の役柄は斎藤道三の娘帰蝶。
後に織田信長の正室となるので、この物語の中では極めて重要な役どころではあるだろう。
沢尻エリカの降板劇の後、川口春奈がうまい具合にスケジュールを調整して後釜に据えられたのだ。
歴史上最も注目が集まる時点
物語の中では、織田信長とこちらの帰蝶がどういった間柄で描かれるのか、そこにも興味が尽きない。
実はこの夫婦には子供はいなかったと記憶する。
織田信長にはたくさん子供がいたが、それらは皆、側室の子供。
信長、秀吉、家康の3人を比べたときに、1番子供が多かったのが信長である。
彼には男女合わせて20人ほど子供がいたようだ。
子供と言う点では豊臣秀吉は3人とされている。
秀吉が存命中になくなっているので、秀吉の子供は歴史上では豊臣秀頼1人だけが出てくる格好になっている。
さて信長は女性に関する好みも驚くほどはっきりしていて、私が聞いたところでは、女性を選ぶ時の基準が、顔立ちとかスタイルではなかったようだ。
要するに、妊娠したことがあるかどうか。
つまり子持ちの女性が好みだったらしい。
1度でも子供を設けたことがあれば自分と関係を持っても必ず子供を作ってくれるに違いないとそう思っていたフシがある。
とんでもない判断基準と言える。
それと信長の特徴としては、彼の場合、性愛の対象は女性のみならず男性も含まれる。
戦国時代は武士のたしなみとして同性愛を経験することがより優れた特徴とされた。
戦場には女性を連れて行くわけにはいかないので、戦の前の高ぶった気持ちを沈めるために、手近にいる小姓を慰み者にしたようだ。
要するにこれが武士のたしなみ。
今はかなりアブノーマルとされるが、この時代はむしろ美徳として認められていたのだ。
信長の女性観ははっきりしている。
女性は妊娠をして子供を産む生き物。
子供を産むことがなかった帰蝶についてどう思っていたのだろう。
自分の主君がそのような女性感を持っていることに対して光秀はどう感じたのだろうか。
明智光秀は愛妻家である。
現代人の我々から見てもその夫婦愛は大いに共感が持てるだろう。
こういったこともドラマの中で上手に描かれる可能性がある。
あの豊臣秀吉は、武士のたしなみを全くしなかったことでも知られる。
彼は女性のみが性の対象で、特に10代の手付かずの娘がお気に入りだったようだ。
徳川家康の女性観も屈折しているかもしれない。
織田信長からいちゃもんをつけられて、自分自身の正室を殺してしまうしかなかったので。
この時代のドラマを描こうとすれば、語り口は如何様にも存在する。
ただ最近の歴史研究で、その歴史観にも随分と新たな発見に基づいて書き加えられている部分が多いのだ。
老練な脚本家がどのような物語を築きあげるのだろうか。
時代劇オタクとして放送を楽しみに待つことに。