今週のお題「元気の秘訣」
実は元気の秘訣と問われてみても、取り立てて何か思い出せるようなものは案外ない。
一昔前と違って今日の世の中だと大抵のものはなんとか手に入るではないか。
そう言うと、要するに手に入らないものがいっぱいあってそれで元気がなくなるのか?と逆に質問されそう。
要するに、お金がない人はお金が欲しくて手に入らなくて元気になれない?
多分、そんな単純なものでは無いだろうが。
しかし、長い一生の中ではどうしても下を向きたくなったり、逆に天を仰ぎたくなったり。
そういった時だってあるのだ。
「元気の秘訣」は私が思うには「励まし」だと断定できる。
目次
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「元気の秘訣」を見つける
昔から何か偉大なことを成し遂げた人とか、功績のあった人は、その全ての人たちはどんな場合でも元気ハツラツに活動していたと聞いたことが。
もちろん人生の中では思い通りにいかなくて、ときには死にたいと思うような辛いことだってあったに違いない。
たとえそんな時でも、必ず前を向いてにこっと微笑む。
そう心がけていれば、そんなにめったやたらと不幸になるものでもないと考える。
私も60数年生きてきて、もう概ね人生は終いに入るのだが、不思議なもので後悔と言う言葉をあまり意識しない。
反省がないぞと言われれば、ちょっと頭を掻いてしまうが。
長年の経験から、くよくよぐずぐずすることからは何も生まれないことを徹底的に学んだ。
根暗なことでは、成功できるものも成功できないのだ。
まず心の中にある自分のポリシーを書き換える。
いかなる時でもニコニコと朗らかに。
そう心に決めてからは、それほど悩むこともなくなったし、こんなものかと思うことの方が多い。
自分を鼓舞する
私は自分で言うのもなんだが筋金入りのぐうたらである。
縦のものも横にしたくない 。
日がな一日、食っちゃ寝してごろごろしていたい。
これはこれで楽しいのだが、ただ、ここからは何にも前へ進めないのも事実。
そこで私が考えたのは、自分の中でももちろん自分を鼓舞するように努力はするが、その鼓舞する範囲を自分の外にも求める。
つまり、私は人との交流にも自分を鼓舞するものを投影している。
それは、誰かに何かを与えてもらうことではない。
自分はいつもニコニコしてますよとアピールするだけ。
それこそが人間関係の潤滑油にもなる。
馬鹿にされようが何しようが、自分の存在にはそれなりにアイデンティティーを感じるので、多少のものに遭遇してもそれほどびっくりすることにはならない。
この方法の、私が思う欠点として挙げられるのは、やはり疲労がつきまとう。
人付き合いになるので、やっぱりそれなりに疲れる事は否めない。
しかし、それでも、このような関係をリセットすることにはならない。
人は1人だけでは決して暮らしてはいけないし、生きてもいけない。
どんな形にしてもなにがしかの交流は絶対に必要だと考えている。
【スローコア】 【はらペコ雑穀】手間はいつもの炊飯とほぼ一緒♪
たとえ空元気でもいいから元気ハツラツ
世の中には健康や病気予防など様々な足かせが存在しているでしょ。
私にとってはこのような自己コントロールは足かせだと考えている。
しかし、頭ごなしに無視できるほどの度胸がないのがたまにきず。
それ故、適当に悪さをしつつ生きていくのだ。
医者からは健康状態を指し示して厳しく指導されるが、私が耳にするのはせいぜい半分。
あとの半分はそれなりのものを好き勝手にやっている。
この5年以内に大きな病気を2回やったので、健康にはまるで自信がなくなった。
しかし、私のポリシーとして、医者がやってはいけないよと言われてきたことをことごとく破ってきた。
正しいことをしたとは思っていないが、私はすこぶる元気。
自分自身の生き方を貫くのも「元気の秘訣」かもね。
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何があっても人生捨てたもんじゃないよ
未来に多少なりとも希望が持てること。
最もベーシックな幸せだと考える。
たとえ、明日をもしれない命になったとしても 、未来を夢見る心を決して捨ててはいけないだろう。
夜寝るときに、明日の朝このまま目が覚めなければいいなと、そんなことを考えていた若い頃もあったが。
とりあえず息さえしていれば、物事は何とかなってくるもの。
少なくとも私の経験ではそうだった。
しかし、そういった諸々の事柄も、どんなにツタないことでも自分の人生に多少なりとも値打ちを感じる必要が。
人生の値打ちなど、他人の評価は気にする必要がないのだ。
例えば、家外の景色を見たとき、また日が昇ってくるときの様子や日暮れのときの様子を見てわずかでも感じる気持ちがあればその気持ちこそ大変な値打ちだと思う。
私たちは、自分の命は、ほとんどの場合自分の所有物と考えがちだが、様々なつながりを考えると、どうやら縁があってここに存在していることを納得できるように。
自分の命を、他のたくさんの命と共有しているのだと思えたときに、ふつふつと元気が湧いてくる。